第360話 12月17日(あなたの言葉は、私にとって……)

 期末試験が終わったということは、部活動の再開を意味する。

 勉強会で集まっていた茉莉たちと別れるさい……このまま帰路についても味気ないと思い、剣道場へ足を運んだ。



「あの、本当に見ているだけでいいんですか?」


 申し訳なさそうに首を傾げる秋へ、「ん。十分」と伝える。


「……一応、『やめた』って宣言してる手前ね」


 直後、綺麗な動きで竹刀を振っていた後輩の口がぽかんと開いた。


「……秋?」


 剣道でいうところの残心を行っている訳ではない。

 ただ、ぼうっと静止してしまったようだ。


「……大丈夫?」

「あっ――す、すみませんっ! その……ちーちゃん先輩、すごく自然に笑ってたので、そんなこと言いながら、ふらっと竹刀を手に取ってくれるんじゃないかって」


 竹刀を握りしめる秋へ、「そんな風に見えた?」と訊ねる。

 こくりと頷く姿はなんというか、自然体で……妙な期待感など抱いてはいなかった。


「今のちーちゃん先輩、剣道をやめたなんて……嘘みたいです」


 小声で呟かれた言葉を、そっと受け容れる。

 だって、気付いてしまった。

 今の私は、以前より……剣道と関わることに抵抗を感じていない。

 だから――、


「……もしかしたら、やめてなかったのかもしれないよ。剣道」


 ――いつか、彼から聞かされたような言葉を口にした。


「え?」

「私がやめたのは、あくまでも部活……でしょ?」





 帰宅後、リビングで志望校の過去問と対峙する。


「……よし」 


 一通り問題を解き終わり、自己採点へ移ろうとした時――、


「お疲れ様」


 ――彼が、珈琲を差し入れてくれた。


「ありがとうございます」


 先日は言えなかったお礼の言葉。

 それを彼に伝えられただけで胸の奥が温かくなる。


 そして、一段落しようとマグカップを手にした瞬間――彼の視線が問題集へ注がれていることに気付いた。


「気になりますか?」


 「少しだけ」なんて答えが返ってきたけれど……気にしていることはバレバレだ。


「別に、見ても大丈夫ですよ? 隠している訳でもないですし」


 平気な顔で言ってみせたが……が無ければ、彼の目に付く場所で、コレを広げることはなかったと思う。


「……ここが、ちなの行きたい所なんだな」

「……まだ、選択肢の一つと言うだけです」


 口出ししないと言ってくれて、私を信じてくれていることがわかった。

 それだけで、心へ余裕が生まれた自分の単純さには呆れてしまう。


 だけど、もうこの気持ちを依存だなんて思わない。

 もっと前向きな感情だと、捉え始めていた。

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