第359話 12月16日(……結局、ほしい言葉をくれるんですね)

 せっかく淹れてくれた珈琲を一口も飲まずに家から出る。

 深夜過ぎ、外は凍えるほど寒かった。


 それでも彼と出掛けたのは罪悪感があったからだ。

 甘えてばかりの自分が後ろめたくて断り切れなかった。


 だけど、すぐに気付く。


「ねぇ……これって、私に息抜きをさせているつもりですか?」


 今も、彼に気遣われているんだと。

 罪滅ぼしのつもりで誘いを受けたのに、これでは意味がない。


 だんだん、足取りが重くなっていく。

 けれど、のろのろした歩みに歩調を合わせながら彼は「いや?」とうそぶいた。


「でも、これがちーちゃんの息抜きにもなったなら良かったよ」


 ……


 知らぬ間に伏せていた視線があがる。

 耳にした言葉からは、あまりにも優しさが見え透いていた。


「……心配で誘ったくせに」


 思わず、棘のある声が口を衝いて出る。

 しかし、返ってきたのは毒気を抜かれるような笑顔だ。


「ま、心配したくてしてるからな」


 私が心配させたのに、どうしてそんなことを言うの?

 そう思った直後、


「……私は、心配なんかさせたくない」


 心で考えていたことが、つい溢れ出てしまう。


「こんな風に気遣われず、もっと上手くやりたかった」


 気付けば立ち止まり、足元に出来た薄い影を見つめていた。


「子どもっぽいですよね。心配しないでだなんて」


 自分で吐いた言葉に、嫌気がさす。

 でも、唇は結んだ端から解けてしまって――、


「本当は、私……」


 ――いっそ、このまま何もかも……なんて考えた時、彼の手がフード越しに頭へ触れていた。


「……なんのつもりですか?」

「いや……背、伸びたなって」

「は?」


 続けて、語気の荒い言葉を吐きそうになったけれど――、


「俺がちーちゃんと同じ歳の頃、もっとガキっぽかったぞ」


 ――そんな台詞に機会タイミングは奪われる。


「なんですか、それ」

「ちーちゃんはそこまで子どもじゃないって話」


 黙り込む私を見て、彼は静かに続けた。


「だけど、大人になれば誰にも心配されないって訳でもない。それに……俺は心配性だけど、君のことを信じてもいるから。今、悩んでることにも、口を出したりしないつもりだ」


「それって……」


(進路で悩んでいること、ずっと気付いてたの?)


 急に恥ずかしさが込み上げてくる。

 けれど。


「最後まで自分で決められるだろ?」


 たった一言で、嬉し気持ちが勝ってしまい――、


「当然です」


 ――綻んだ表情は隠しつつ、そっと彼の手を払い除けた。


「それと、ちーちゃん呼びはやめて。もう、子どもじゃないですから」

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