第358話 12月15日(今から、外に……?)

 彼に背中を押されたら、私は迷わず県外の大学へ進むだろう。

 逆に、『ここに残りたい』というわがままを肯定されれば……たぶん、もうどこへも行けなくなる。


 正直に言うと、彼の傍を離れても……彼の傍を選んでも――どちらもと考えていた。

 ただ、片方を選んだ瞬間、取りこぼした未来が後悔の種になるのは間違いない。


「……疲れた」


 深夜を前に呟いた独り言が、そっと部屋へ溶けていく。

 背もたれに体重を預けた途端、自然と体がずり落ちていった。


 ただでさえ受験で張りつめているのに……勉強の合間にを考えていたら疲労も倍では済まなくなる。


 けれど、それでも自分一人で決めたかった。


 彼へ相談してしまえば、答えはすぐに出る筈だ。

 私がどんなに悩んでいても、彼は想いをすくいあげてくれるだろう。

 彼が良いと思った方を選ぶのではなく……私が選びたいと思っている方に気付いてくれる。


 後悔の少ない方を教えてくれる気がした。


 でも、だからこそ絶対に嫌だ。


 もし、ここで彼の言葉に人生を左右されるなら、それはもう依存しているだけだろう。


 胸に抱く彼への想いは、決して依存心なんかじゃない。

 そう自分に言い聞かせながら、


(少し、休憩……)


 ふと、珈琲が飲みたくなって勉強机を離れた。



 リビングへ足を踏み入れるや否や、


「あれ? 今、ちょうど珈琲を持って行こうと思ってたんだ」


 珈琲が載ったトレイを持つ彼と目が合う。

 そして、


「……あ」


 『ありがとうございます』と言おうとして、一度口を噤んだ。

 短い沈黙。

 二人の間にパッチワークじみた不自然な空気が出来上がる。


「……紅茶の方が良かったかな?」


 沈黙の意味を探る疑問符に「いえ」と答えた。


「……珈琲、もらっていきます」


 トレイの上からマグカップだけを受け取る。

 だけど、どうしてもお礼を告げられない。

 マグカップ片手に固まる私へ、彼は不思議そうな眼差しを向けた。


「疲れてるみたいだな」


 心配そうな声に首を振りつつ、心の中で思う。


 もしかして、今でも十分、彼に依存しているのではないかと。

 彼の優しさに甘え切って……年の離れた幼馴染みという関係を利用して、私は今ここにいるんじゃないか?


 そう思ったら、『ありがとう』と言えなかった。


「……すみません」


 咄嗟に口を衝いて出た謝罪。

 視線を伏せると沈黙が返って来る。

 しかし――、


「……ちーちゃん」


 ――沈黙は、聞き慣れた声による懐かしいフレーズでかき消された。


「今から……二人で出掛けないか?」

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