【大皿いっぱいに心をこめて】
第356話 12月13日
一文字に結ばれた唇がつんと尖っていく……でも、不機嫌な訳じゃない。
それは彼女が納得のいかない時に出るサインだった。
「……ちな? 引っかかる部分でもあったか?」
家庭教師の真似事をしていた際の鋭い眼差し……教え方に不服でもあったのかと首を傾げる。
しかし、
「……あなたって、人に教えるの上手ですよね」
不満げな口から飛び出たのは褒め言葉だった。
「ありがとう」とお礼を言った途端、彼女の視線は再びノートへ落ちていく。
だが、再び勉強に集中しても、つんとした態度は変わらなかった。
「いっそ、学校の先生にでもなれば良かったんじゃないですか?」
問題集を睨む瞳が、今も自分に向けられている感覚。
前髪の影が額へ落ちる横顔を見つめながら、なんと返すべきか考えた。
(先生にでもなれば……か)
高校時代、部活の後輩から似たようなことを言われたことがある。
……もし、俺がもっと公平な人間だったなら、その言葉を人生のターニングポイントにすることもあっただろう。
けれど、そうはならなかった。
「……実は、そう言われたこと結構あるんだよ」
「だったら、どうしてならなかったんですか?」
彼女が綴る筆跡を目で追いつつ、「そうだな」とこぼす。
そして、
「……ちなに教えてる時が一番楽しかったから、それで満足しちゃったのかもしれないな」
そんな答えに辿り着いた俺の表情は……綻んでしまっていた。
◆
ちなが部屋に戻った後、
「家庭教師、お疲れ様」
リビングで、缶ビール片手に笑う
「……確か、明日も早いって言ってませんでしたっけ?」
なんて言いつつ、冷蔵庫へ酒を取りに行く。
フタを開けてすぐ、種類ごとに整列する飲料缶と目が合った。
「どれなら飲んでもいいですか?」
「どれでも大丈夫」
「それじゃあ……」
ご機嫌な声に従い、檸檬が描かれた缶を選ぶ。
プルタブを起こして二人で乾杯した直後、彼女から質問が飛んできた。
「ちーちゃん、どんな感じ?」
「がんばってますよ。すごく」
「それは見てればわかるって」
「ですね」と短く返事をする。
すると、綻んでいた先輩の表情が……どこか、硬くなったように見えた。
「ちーちゃんの進路、気付いてるでしょ」
「……ええ」
間の空いた肯定に間髪をいれず溜息が重なる。
「きっと、君に引き留めてほしいと思ってるよ?」
「……そうですね。でも、同じくらい背中を押してほしいとも思ってる筈ですから」
だって、彼女はそういう面倒くさい女の子なんだ。
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