第355話 12月12日(あと、一週間か……)

 日曜日のご飯会を終え、ひとり流し台へ立つ。

 泡立ったスポンジで食器を洗っていると――、


「手伝ってあげる」


 ――母が布巾を片手に隣へ並んできた。


「……ありがと」


 食器から洗剤の泡と汚れを洗い流し、水切りラックへ並べていく。

 着々と洗い物が片付いていく中――、


「……上手くなったわね」


 ――と、母が皿を拭きながら告げた。


「え?」

「料理の話よ。手際が良くなった。これなら一人暮らしをさせても安心かな」


 そんな言葉を聞けるだなんて、一か月前ならありえない。

 思わず、頬が緩んでしまう。

 照れ隠しに「……先生が良いからだよ」と短く告げたら、微笑まれてしまった。


「何?」

「別に、何でもないの……掃除や洗濯もちゃんとしてる?」


 からかうように訊ねられた瞬間、「……うん。ちゃんとしてる」なんて答えたが、心の中でこっそり『と、思う』と付け足す。


「まあ、そこは帰ってきたらわかるか。色々手伝ってもらうわよ?」


 こちらの心を見透かすような表情に、「受験生に手伝わせる気?」と返したところ――、


「おっと、そうだった……」


 ――と、おどけた声で返事が来る。

 しかし、どこか悪戯っぽく話を進めながらも、


「でも、受験が終わったら手伝ってもらう気だから……その時、お母さんも智奈美ちーちゃんに色々叩き込んであげる」


 母は真剣な口調を織り交ぜてきた。


「ん。お手柔らかにね」


 会話もそこそこに、洗い物の終わりが見えてくる。

 「はい」と、最後の皿を手渡した瞬間――、


「……智奈美」


 ――目線も合わせないまま、優しく名前を呼ばれた。


「一応、来週までってことになってるけど……続けたいなら、続けてもいいのよ? 今の生活」


 魅力的な言葉に、一瞬心が惹かれる。

 けれど、やれやれと肩を竦めてから静かに告げた。


「それ、流石に私を甘やかしすぎ……」


 直後、母はきょとんと首を傾げて見せる。


「……そう?」


 心配そうな表情に、「そうだよ」と頷いた。


「大丈夫、本当に平気だから。彼の家でお世話になるのは来週で終わり……そろそろ、自分を追い込まないといけない時期だしさ――」


 元々、今の生活は十二月になれば終了だった筈だ。

 ここまで引き延ばしてくれただけで十分過ぎる。

 それに、大人達からは『根を詰めすぎる』と心配されたけれど……もう、休憩は必要ない。


「――あとはもう、最後まで頑張れる」


 自信を持って告げた途端、「わかった」と頷いてもらえた。




 十二月十九日来週の日曜日で、この生活もお終い……そうなったらクリスマスもすぐそこだ。

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