第338話 11月25日(……は? 星?)

「よし……」


 食器洗いが終わったので乾いたタオルで手を拭う。

 冷えた指先にタオル地の微かなぬくもりを感じていると――、


「…………」


 ――彩弓さんがソファへ座り、黙々とテレビに見入っていた。

 しかし、形の良い唇がぴたりと閉じていた時間は短い。

 彼女はソファにもたれつつ上半身をのけ反らせたかと思えば――、


「ねぇ……うちってさ? クリスマスツリーとか飾らないの?」


 ――逆さまに世界と向き合いながら、クリスマスの話題をあげた。


「私が小六の頃まではあったと思いますよ。今も探したらあるんじゃないですかね?」

「嘘っ! ほんとっ?」

「多分ですけど。と言うか、流石に今から飾るのは早くないですか?」


 眉をひそめて返すなり、「だってぇ……」と情けない声が聞こえてくる。

 テレビへ戻っていく視線を追うと、全国各地のイルミネーションが特集されていた。


「ね?」


 同意を求められても考えは変わらない。


「突然、どうしたんです?」


 隣へ腰かけて訊ねると、寂しそうな台詞が続いた。


「私も、一人暮らしだったら飾ろうなんて思わないけどさ。ほら、今は三人で一緒にいるでしょ? クリスマスの当日は、こうしてちーちゃんとのんびりもしてられないだろうし。だから、余裕がある内に楽しみたいなって……いけない?」


「…………」


 一文字に結んでた唇が、へにょりと歪んでしまう。


「……はぁ」


 深い溜息を吐く頃には、反対する気が失せていた。


「ちょっと、彼に訊いてきます」

「ちーちゃんっ!」


 腰元に伸びてきた細い腕を立ち上がってひらりとかわす。


「言っときますけど、何年も前の話ですからツリーがなくても諦めてくださいよ?」


 溜息交じりに予防線を張った途端、「大丈夫! その時は新しいの買って来てあげるから!」なんて、機嫌の良い口調が続いた。



「クリスマスツリー?」

「三人で一緒にいる内に飾って楽しみたいんだそうです」


 簡潔な説明を聞くなり、彼は「あの人らしい」と笑う。

 その後、仕事が一段落してから二人で押し入れの中を探すことになった。




 押入れの中は埃っぽく、途中でマスクをつけるべきだったと後悔する。

 しかし、それから二、三度咳き込んだ所で、「お?」と彼が期待の持てる声をこぼした。


「……ありましたか?」


 袖越しに話すせいで声がくぐもる。

 だが、問題なく通じたようで「あったぞ」とすぐに答えが返って来たのだが――、


「あれ?」


 ――何故か、彼は首を傾げた。


「何?」

「いや……ツリーの星飾りだけないみたいなんだ」

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