第339話 11月26日(星がないと、なんか存在感薄いなぁ……)

 朝食をとりながら、彩弓さんは飾ったばかりのクリスマスツリーと見つめ合っていた。


「……ふーむ」

「彩弓さん?」


 唸る横顔に呼びかけると、彼女はツリーのてっぺんを見つめ――、


「やっぱ、星がないとクリスマスツリーって感じがしないね」


 ――落胆したように呟く。


「……それでもいいから飾ろうって言ったのは彩弓さんじゃないですか」


 食後の珈琲を飲みつつ溜息を吐くと、「だってぇ」なんて甘えた声が聞こえてきた。


「せっかく二人に出してもらったのに、すぐしまっちゃうなんて嫌だし」


 拗ねた子どもみたいに頬を膨らませた顔がトーストへとかじりつく。

 その後、カフェオレを喉に流し込んでから彩弓さんは彼へ向き直った。


「ねぇ、本当になかったの?」

「うーん……捨ててはないと思うんですけどね」


(……捨ててはないと思う、か)


 個人的には『気付かない内に誰かが捨てた』という説を推す。

 何故かと言えば昨日、クリスマスツリーが見つかってから押し入れに仕舞われていた他の荷物も全部、中身を開けて確認済みだからだ。


 ツリーは頻繁に出し入れしたりしない。

 同じ場所へしまっていないなら捨てたと考えるのが妥当だろう。

 そう、妥当だと思うのだが――、


「…………」


 ――ふと、遠い日のクリスマスを思い出し……疑問符が浮かぶ。


(……でも、ツリーはちゃんと残ってるのに、星飾りだけ捨てるなんてあるのかな?)


 空のマグカップを片手にいくらか考えてみるが……答えは出なかった。

 そして――、


「まあ、いっか。ないなら買えばいいし。次のお休みにでも買って来るよ」


 ――そんな彩弓さんの一言で、拙い探偵ごっこは終了する。

 しかし、胸底では……何か、モヤモヤした気持ちがくすぶり始めていた。



「クリスマスツリーとかの飾りってなくなるよねぇ」


 今朝の話を茉莉にした途端、うんうんと力強く頷かれてしまった。


「……そう?」

「うん。うちの場合は雛飾りね。陽菜が小さい時に菱餅の飾りを気に入っちゃってさ? 他の玩具と一緒に遊んでる内に気付いたらなくなってたなぁ」


「へぇ……ところで、なんで菱餅?」

「さあ? 美味しそうだったんじゃない? ちなみにあたしは五人囃子の笛とか隠してお母さんにすっごく怒られた」


 「聞いてないし」と返すなり笑顔の花が咲く。

 この時はまだ、幼い親友の悪戯をどこか他人事みたいに思っていたのだけれど――、


(……飾りを、隠す?)


 ――ふと、この手が過去に悪さをしていなかっただろうかと、考えてしまった。

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