第333話 11月20日(なんか、台詞と顔があってない……)
台所で彩弓さんの背中をぼんやりと見つめていたら――、
「ちーちゃん?」
――つい、話を聞き流していた。
「……すみません。何の話でしたか?」
「次に何を作るかって話……大丈夫?」
こくりと頷くが、訝し気な眼差しを向けられる。
「嘘だね」と告げられた途端、胸が震えた。
でも――、
「……どうして、そう思うんです?」
「んー……? ただの当てずっぽう」
――敵わないなと思った瞬間に、ハシゴを外されてしまう。
「えぇ……」
困惑を口にするなり、彼女は「けどね」と笑顔で続けた。
「きっと時間の問題だったんじゃないかな? だって、ちーちゃんが何か考え事をしてるなら、私か彼が絶対に気付くからね」
思わず「……彩弓さん」と名を呼んでしまう。
「どう? 私が先で良かった?」
悪戯っぽく首を傾げる姿に、気付けば「はい」と答えていた。
◆
今、私が料理をしているのは間接的に彼の
そんな疑問をぶつけた直後――、
「いっそ、
――と、大真面目な顔で言われた。
「例えば好物とか。もちろん彼好みの味付けでね! 一切妥協なしで作るの!」
目の前でぐっと握りしめられる拳。
こちらを見つめる瞳は、かつてない程のやる気に満ち溢れていた。
断れば食い下がられるのは間違いないだろう。
だが――、
「あの、やるにしてもまだ先の話ってことにしたいです。最終的な目標って感じで」
――先延ばしという形で、やりたくない気持ちを表明してしまった。
「それは、もっと上手くなってから挑戦したいってこと?」
「そういう訳じゃなくて……」
すると、本気で嫌がっていることを察してくれたらしく、彩弓さんの口調は優しくなっていた。
「じゃあ、どうして?」
「だって、恥ずかしいじゃないですか」
しかし、それも短い間だけだ。
「料理をしているのはあくまで一人暮らしを認めてもらう為です。なのに、まだ数品しか作れない私が、突然彼の好物を作り出すとか変ですよね? あからさまというか……なので、やるにしても最後の方に――そう、お世話になったお礼みたいな建前が欲しいと言うか……彩弓さん?」
気付いた時、彼女は天井を仰ぎ低い声で呻いていた。
「あー……そうか、そうだった」
「はい?」
「なんていうか……ちーちゃんは面倒臭い子だったね」
耳に聞こえた声は呆れていたけれど――彩弓さんは、何故かやり遂げたような晴れ晴れとした顔をしていた。
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