第333話 11月20日(なんか、台詞と顔があってない……)

 台所で彩弓さんの背中をぼんやりと見つめていたら――、


「ちーちゃん?」


 ――つい、話を聞き流していた。


「……すみません。何の話でしたか?」

「次に何を作るかって話……大丈夫?」


 こくりと頷くが、訝し気な眼差しを向けられる。

 「嘘だね」と告げられた途端、胸が震えた。

 でも――、


「……どうして、そう思うんです?」

「んー……? ただの当てずっぽう」


 ――敵わないなと思った瞬間に、ハシゴを外されてしまう。


「えぇ……」


 困惑を口にするなり、彼女は「けどね」と笑顔で続けた。


「きっと時間の問題だったんじゃないかな? だって、ちーちゃんが何か考え事をしてるなら、私か彼が絶対に気付くからね」


 思わず「……彩弓さん」と名を呼んでしまう。


「どう? 私が先で良かった?」


 悪戯っぽく首を傾げる姿に、気付けば「はい」と答えていた。



 今、私が料理をしているのは間接的に彼のためなんじゃないか?

 そんな疑問をぶつけた直後――、


「いっそ、本気マジで彼の為に何か作ってみる?」


 ――と、大真面目な顔で言われた。


「例えば好物とか。もちろん彼好みの味付けでね! 一切妥協なしで作るの!」


 目の前でぐっと握りしめられる拳。

 こちらを見つめる瞳は、かつてない程のやる気に満ち溢れていた。

 断れば食い下がられるのは間違いないだろう。


 だが――、


「あの、やるにしてもまだ先の話ってことにしたいです。最終的な目標って感じで」


 ――先延ばしという形で、やりたくない気持ちを表明してしまった。 


「それは、もっと上手くなってから挑戦したいってこと?」

「そういう訳じゃなくて……」


 心根こころねを手繰ろうとする言葉に、情けない声で答えてしまう。

 すると、本気で嫌がっていることを察してくれたらしく、彩弓さんの口調は優しくなっていた。


「じゃあ、どうして?」

「だって、恥ずかしいじゃないですか」


 しかし、それも短い間だけだ。


「料理をしているのはあくまで一人暮らしを認めてもらう為です。なのに、まだ数品しか作れない私が、突然彼の好物を作り出すとか変ですよね? あからさまというか……なので、やるにしても最後の方に――そう、お世話になったお礼みたいな建前が欲しいと言うか……彩弓さん?」


 気付いた時、彼女は天井を仰ぎ低い声で呻いていた。


「あー……そうか、そうだった」

「はい?」

「なんていうか……ちーちゃんは面倒臭い子だったね」


 耳に聞こえた声は呆れていたけれど――彩弓さんは、何故かやり遂げたような晴れ晴れとした顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る