第334話 11月21日(それは、どーも……)

 買い物カートを転がし始めてすぐに、彩弓さんから「それで、今日は何を作るの?」と訊ねられた。

 唐突な質問に足を止めた途端、「は?」と荒い声が出てしまう。

 だって、これまではずっと、作る料理――つまり、私が習う料理を決めていたのは彩弓さん達だ。

 ……嫌な予感がして生唾を飲み込む。


「それ、私が決めていいんですか?」


 直後――、


「決めていいって言うか……ちーちゃんなら彼の好物の一つや二つわかるでしょ?」


 ――きょとんとした瞳が悪びれる様子もなくこちらを見つめ返していた。


「……昨日、あれだけ嫌だって言いましたよね?」

「確かに聞いたけどさ……もしかして、幼馴染みなのに知らないの?」

「知ってますけど、そうではなくてっ!」


 カートから手を離し、ずいっと彩弓さんへ詰め寄る。

 次の瞬間、彼女は商品棚を背に「い、言うこと聞いてあげるなんて言ってないし」と言ってから続けた。


「それに、もう彼に『今日のメニューは君の一番好きな料理』ってメッセージ送っちゃった」

「……えぇ」


 空気の抜けた風船が力なく飛んでいくように、彩弓さんから離れる。


「……何してくれてるんですか」


 意気消沈した声で告げるなり、「ふぅん?」という意味ありげな呟きを耳が拾った。

 

「そこまで言うなら、やっぱり私が決めようかな?」

「えっ?」


 彩弓さんは私からカートをさらうと、一人で先々行ってしまう。

 いそいそ後ろをついて歩けば「確か、学生時代は……」という独り言が聞こえ始めた。

 そして、ふとした拍子に彼女はぴたりと停止する。


「……彩弓さん?」


 視線の先を追ってみると、そこにはカレールゥが置かれていた。


「うーん……カレー、好きって言ってたよね?」


 首を傾げつつカレールゥへと伸ばされていく手。


「あ……!」


 気付いた時には、彩弓さんの手首を握り締めていた。


「…………」

「……何?」


「……タンです」

「ん?」


「彼が一番好きなのはグラタンですっ!」


 半ばやけくそ気味に告げるや否や――、


「なら、買うのはベシャメルソースだね……いや、いっそソースも手作りしちゃう?」


 ――嬉しそうな笑顔が咲く様子を見せつけられたのだった。




 彩弓さんが協力してくれたこともあり、両親を交えた二度目の食事会は無事に終わった。


「ところで、今日の料理はなんでグラタンだったんだ?」


 食器洗いをする最中、彼からそう訊ねられる。


「……秘密です」


 つんと唇を尖らせて返す私に、彼は「……すごく美味しかったよ」なんて告げるのだった。

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