第332話 11月19日(私の料理って……自分のため、だよね?)

 鞄から弁当を出した直後、「ち、智奈美っ」と呼ばれる。

 顔を上げてみると、目の前に夕陽が立っていた。


「……え」


 不意の出来事に声が漏れる中、きょろきょろと茉莉を探す。

 すると、親友は教室の入口近くから静かに私達を見守っていた。


(まさか……これって茉莉の指金?)


 夕陽へ向き直った途端、ばっちりと目が合う。


「……何?」


 返答は、思いのほか早かった。


「その、後輩に頼まれたのよ……あんたを学食まで連れて来いって」


 一瞬、お互いに知り合っている後輩なんて居ただろうかと考える。

 だが、答えを出す前に決意は固まっていた。


「それって……一緒に『お昼を食べよう』って誘ってるんだよね?」


 首を傾げた瞬間、夕陽の肩がぴくんと揺れる。


「…………嫌なの?」


 遠慮がちな疑問符に「そんなことないよ」と言って席を立った。




 弁当のフタを開けると――、


「わあぁっ! 美味しそうですね」


 ――唐突に秋の声が響いた。

 そして、先輩に続けと剣道部の一年生たちも感想を告げていく。


「うん……意外と家庭的」

「向坂先輩って料理もできるんですか!」


 後輩たちへ「まだまだ練習中だから」と返しつつ、密かに胸を撫でおろしていた。


(夕陽の後輩って聞いた時は誰なのかと思ったけれど……)


 ちらりと宮ちゃんに目線を向け、無言で頷く。


(そう言えば、二人て仲が良かったんだよね)


 一方的に懐かれているだけなのかもしれないが……年下から振り回される夕陽と言うのはなんだか可笑しかった。


「あの! 味見してもいいですか!」


 期待に満ちた秋の眼差しを断れる筈もない。

 しかし、返答する前に何故か茉莉が「いいよ!」と許可を出していた。


「なんであんたが言うのよ」


 呆れる夕陽の横顔を尻目に、秋へと向き直る。

 あーんと開いた口に肉じゃがが放り込まれた次の瞬間――、


「美味しいですっ!」


 ――ぱあっと蒲公英たんぽぽのような明るい笑顔が咲いた。

 それから彼女は「あのっ!」と嬉しそうな声で続ける。


「ちーちゃん先輩って、いつからお料理始めてたんですかっ! 私全然知らなくって!」

「えっ? ここ最近だけど……」

「わぁっ! それってやっぱり誰か料理を食べて欲しい人がいたりしたんでしょうか!」


 無邪気な笑顔に『自分のためだよ』と答えようとして……言葉を引っ込めた。


 料理は、一人暮らしを認めてもらうために始めたのだ。

 でも、そもそも一人暮らしをしたいのは地元に残るためで――、


「……嘘」


 ――まさか私は、彼のために料理をしてる……ことになるのかな?

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