第329話 11月16日(彼と、彩弓さんと……)

 教室のあちこちで『おはよう』という挨拶が聞こえてくる中――、


「ちーなっ、今日はお弁当に何入れたの?」


 ――笑顔の花を咲かせる親友に訊ねられた。


「……朝からお弁当の話?」


 頬杖を付きながら呆れて返すと、茉莉の頭上に疑問符が浮かぶ。


「いけない? 遠足の日の朝とか、普通にしてたでしょ?」


 きょとんとする親友に、教室のカレンダーを指差して言った。


「今日、ただの平日だし……私達に遠足なんてないからね」





「少し味見していい?」


 お弁当に伸びて来る箸へ「いいよ」と告げる。

 ひょいと、つままれたきんぴらごぼうは、瞬く間に茉莉の口に放り込まれた。


「んっ……美味しい。こっちは肉じゃがと違って結構辛めの味付けなんだね」


 「ご飯が欲しくなっちゃう」と続けて、彼女は白米に手を着ける。

 そして、こくんと喉を鳴らしてから――、


「それで、きんぴらはもうマスターしたの?」


 ――またご飯の話に戻った。 


「……茉莉、最近ご飯の話好きすぎない?」


 親友に向かって首を傾げた途端、「えっ?」と声があがる。


「……そうかな?」


 どうやら自覚はなかったらしい。

 それから茉莉は静かに天井を見上げ……しばらくの間「んー……?」と唸っていた。


「確かに、そうかも?」

「でしょ?」


 ぽとりと落ちてきた目線を拾って相槌を打つ。

 しかし、親友は間髪入れずに「けどさ」と話を繋げてきた。


「あたしがご飯の話をするようになったの、ちながご飯を作るようになってからじゃん」

「……私のせいってこと?」

「共通の話題を選んでるだけってこと。普通のことでしょ?」

「……共通ね」


 ぽつりと呟いてから箸の先を咥える。


「何、どしたの? お行儀悪いよ?」

「んー……」


 今更ながら、茉莉はこれまでも料理をしてたんだなぁと実感した。


「ほら、ちな。話の続き! きんぴらはもうマスターできた?」

「まだ。昨日彩弓さんに習ったばかりだし、メモなしで作れるのはまだ先かな」


 直後、親友の瞳が興味深そうに輝いたのを見逃さなかった。

 「見る?」と訊ねるなり頷いた彼女のために、通学鞄へ手を伸ばす。


 彩弓さん達に教わったことを整理してつづったミニノート。

 受け取った茉莉はページを捲りはじめたかと思えば――、


「なるほどねぇ」


 ――とこぼしてから顔をあげた。


「何?」

「ん? ちょっと納得しただけ……甘めの肉じゃがはお兄さん直伝のメニューだったんだね」

「えっ? うん」

「きんぴらが結構辛めの味付けだったからさ、教えた人が違ったんだぁって思っただけだよ」

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