【ランチボックスに思い出を重ねて】

第328話 11月15日【ホームシックはお醤油の味】

 向坂智奈美の持参した弁当箱を見て、九条茉莉は彼女が変わったんだと実感する。

 親友が弁当のフタを開ける瞬間、「今日も肉じゃが?」と訊ねた。


「まあね。でも、今回は成功例だから」


 直後、茉莉の目線が弁当箱へと移る。

 すると、型崩れをしていないジャガイモの入った美味しそうな肉じゃがが目に留まった。


(……先週見た時は、茶色いマッシュポテトみたいだったのに)


 短期間で上達したことに、茉莉は「おお」と声をあげて感心する。


「すごいね、上手にできてるじゃん。これは、ちなが一人で?」


 そう言って彼女がこてんと首を傾げた途端――、


「そう。今回は……全部一人でやったの」


 ――親友は言葉を嚙みしめるように答えた。


 一人で肉じゃがを作る。

 それは、茉莉にとってはなんてことないことだ。

 だが、彼女は智奈美にとってそれが特別なことだったんだと理解した。

 だからだろう。


「味見してもいい?」


 自然と、そんな言葉が口を衝いてしまう。

 こくりと親友が頷いた後、茉莉は肉じゃがに箸を伸ばした。



 放課後の勉強会が終わり、茉莉は微かな空腹感を覚えていた。

 だが、帰り道の最中、コンビニや飲食店に寄ることはしない。

 何故なら今、彼女は無性にが食べたかったのだ。


 原因は、昼間に食べた智奈美お手製の肉じゃがだろう。

 味は格別に美味しいという訳ではなかった。

 茉莉や茉莉の母が作るより味付けも甘く……好みともズレる。


 けれど、忘れられない。

 味と……親友が一人で作ったと噛みしめるように言った時の表情を。


 そう、言うなれば茉莉は、智奈美のせいで突発的な懐郷病ホームシックになっていたのだ。


「よし」


 くぅとお腹が鳴る中、彼女は母親に電話を掛ける。


「あ、お母さん? 今日さ、急にすっごく肉じゃがが食べたくなっちゃったんだけど……だめ?」


 珍しく甘えた声を出す娘に、茉莉の母は残念がって話した。

 今、家には肉がなく、陽菜の迎えにも行かなければいけないので買い物をする余裕もないのだと……。

 しかし――、


「じゃあ、あたしが陽菜を迎えに行くからさ」


 ――『ごめんね』という雰囲気が漂っていたのは一瞬のことだった。


「それに、帰ったら作るの手伝うし……だから、いいよね?」




 通話を切った後、茉莉は早足になった。

 スマホで時間を確認し、うろ覚えながら駅の時刻表について思い出す。


 走れば、次の電車に間に合う筈だ。


「……っ!」


 影を置いて行く勢いで茉莉は駆けていく。

 もう、彼女の口の中には……親友の味は残っていなかった。

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