第330話 11月17日(私に教えてくれたのは……)

 箸でつまんだきんぴらごぼうを彩弓さんが口へと運んでいく。

 先週の日曜日に作った肉じゃが同様、一人で作ったおかずは――、


「ん、美味しい。もうバッチリだね」


 ――合格点をもらえたようだ。


「それは……ありがとうございます」


 笑う横顔にお礼を告げた途端、「いえいえ」なんて返事が聞こえる。

 その後、彩弓さんは「よし」と言ってから三人分の小皿へ盛り付けをはじめた。


「ちーちゃん、仕事部屋に『夕飯できたよ』って言って来てくれる? 料理は運んどくからさ」


 言うなり隣のダイニングへ向かう背中に「あのっ……」と声を掛ける。

 だが、「ん、何?」と振り返られても、大した話をしたかった訳ではないのだ。


「彩弓さんって、こういう濃い味付けの方が好きなんですか?」

「きんぴらのこと?」

「……いえ、どちらかと言うと料理全般の話です」


 「んー……?」と小さく唸りつつ、彼女はテーブルに料理を並べていく。


「そうかも? いや、きんぴらが濃いのはきんぴらだからかな? その方がご飯に合う気がしない?」


 首を傾げられたので「そうですね」と同意したら……そこで会話が途切れてしまった。

 直後、しんと静まり返った部屋で彩弓さんが微笑みを浮かべる。


「急にどうしたの? 何かあった?」

「そういう訳ではないんですが……」


 きゅっと唇を結んだ途端、夕飯の並ぶ食卓に目がいく。

 どれも彩弓さんと彼から教わったものばかりだった。

 食材の選び方にレシピ。当然、味付けも二人から……だから――、


「その……私の料理は全部、彩弓さん達に教えてもらってるんだなって」


 ――しみじみと、そんなことを考えたのだ。

 今更かもしれないけれど、茉莉から肉じゃがときんぴらごぼうの味付けが違うと言われた時に、そう気付いた。


「だから……ありがとうございます」


 改まってお礼を口にした途端、頬がかっと熱くなる。

 そんな私を見て――、


「ふふっ」


 ――彼女は吹き出した。


「…………」


 刺すような視線を送ると、悪びれない謝辞が返ってくる。


「いやっ――ご、ごめんねっ」

「……何がそんなにおもしろいんですか」


 呆れながら返答を待っていると、彩弓さんは楽しそうな声で告げた。


「私、案外ちーちゃんみたいな妹が欲しかっただけなのかなって……あー、これじゃ茉莉ちゃんのこと言えないね」

「……あの、話が見えないんですけど?」


 訝し気な表情を向けても反応は薄く――、


「つまり、これからも私を頼ってねって話よ!」


 ――最後は一方的に抱き着かれて終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る