第319話 11月6日(………………)

 母が紅茶と一緒に差し入れてくれたチョコレート。

 その包み紙が綺麗だったから指で丁寧にしわをしてみる。


「…………」


 四隅よすみがピンと張った包み紙はまるで薄い硝子細工のようだった。

 それから、偽物の硝子細工を折り紙代わりにして遊び始めた直後――、


「……ねぇ、ちな?」


 ――茉莉は、折れ線がついていく包み紙と見つめ合いながら首を傾げた。


「ずっと、お兄さんと顔合わせづらい……みたいなこと言ってるけどさ。今も、ランニングは一緒に続けてるんだよね?」


 『ランニング』と親友が口にした途端、指先へ不要な力が入る。

 次の瞬間、クシャリという音がして……手元には、二つに裂けただけが残っていた。


「……えっと――」


 たぶんこの時、言葉に詰まったのが茉莉の中で決定打だったんだろう。

 彼女は「まさか」と前置くなり――、


「もう、二人で走ってないの……?」


 ――と、私が隠していた真実に辿り着いてしまった。


「その……平たく言えば」

「嘘っ! いつからっ?」

「……ま、前の試験期間始まってすぐ」

「何それ! 一ヶ月近く前じゃんっ!」


 親友は頭を抱えてうつむくなり「あたしも、何で気付けなかったんだろう……」と嘆いてみせたが――すぐに「いや……そもそも、気付ける訳ないわ。そんな糞プライベートなこと」と呟いてから顔をあげる。

 反射的に『怒られる』と思ったのだが……一周回って茉莉の声は優しかった。


「……とりあえず訊いていい? ちながお兄さんと気まずくなったの、ここ最近って話だったよね?」

「そうだね……十月が終わる前後くらいだから――」

「――だったら何で、試験終わってすぐの時に『ランニング再開しよう』ってならなかったの? 一ヶ月近く前ってことは……気まずくなる前から、一緒に走ってなかったってことだよね?」


 また、私は言葉に詰まってしまう。

 だが、茉莉が抱いた疑問の答えは……ずっと前から胸の中にあった。


「だって、私達はもう受験生で……今は勉強に集中しなきゃでしょ?」


 しかし、即座に『』と親友から反論が飛んで来る。

 けれど――、


、ちなは今のままでも県内の志望校ぜんぜん余裕じゃん。毎晩ランニングするくらいの時間取れるでしょ? そんなに勉強勉強って、言わな、くても……」


 ――茉莉の声は、だんだんと尻すぼみになっていく。

 そして、また短い沈黙が生れた後……、


「もしかして……行きたい大学、他にもあるの?」


 ……彼女は、私がまだ誰にも言っていない秘密に気付いてしまった。

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