第318話 11月5日(離れてしまえば、きっと……)
茉莉は時計の針がてっぺんを過ぎてから「ちょっと親に電話してくるね」と告げるなり、一度部屋を出た。
直後、彩弓さんが「ねぇ」と言って顔を寄せて来る。
「茉莉ちゃんのご両親てさ、娘が深夜になっても帰ってこないの……大丈夫なのかな?」
心配そうな彩弓さんの声に、私は一度、手を止めたが――、
「……大丈夫じゃないですか?」
――開きっぱなしの教科書とノートが目に付いた途端、勉強を再開した。
「ちゃんと家に連絡してますし、遊んでる訳でもないですからね」
「……しっかりしてて、甘えるのが下手だよね。そういうところ」
一瞬、彩弓さんが寂しそうに目を伏せる。
『どういう意味ですか?』と訊こうとした時――、
「お、どうだった?」
――茉莉が戻って来てしまった。
「んー、だめでした。なんかお父さん迎えに来れないって」
「えっ?」
平然と話す茉莉の言葉に私だけが驚く。
その後、茉莉は間髪入れずに「それで、ちなにお願いがあるんだけど……いい?」と手のひらを合わせてみせた。
◆
……わざわざ彼を頼らずとも、父に『茉莉を車で送って』と言えば済むと思っていた。
だが――、
『ごめん智奈美ぃ……お母さん、お父さんにお酒飲ませちゃったぁ』
――受話器越しでも酔っているとわかる声に思わず溜息を吐く。
「わかった。じゃあまた帰る時に電話するから」
ご機嫌な母との通話を切るなり、茉莉が待ち構えていたように「これで後はお兄さんだけだね」と言った。
「……まさかコレ、狙ってたの?」
恐る恐る訊ねた私へ、親友は「まさか」と即答する。
しかし、
「ちなのお父さんが今日お酒を飲んでるかどうかなんて、わかる訳ないでしょ?」
この時に茉莉が見せた表情は……まさしく博打打ちの笑みだった。
◆
軽く緊張しながら彼に電話を掛ける。
二日ぶりに聴いた声は優しく、面倒ごとを頼んでも『いいよ。わかった』と二つ返事だった。
これで、後は茉莉が彼の車に乗れば終わりだ。
と、安堵したのも束の間――、
「え? ちなも一緒に来てよ。流石にお兄さんと二人は気まずいって」
――親友に同伴を強制された。
そして、今は茉莉を送った帰り道だ。
「また、こういうことがあったらいつでも呼んでくれていいからな」
運転席から聴かされた言葉に「いつでも?」と首を傾げる。
「いつでも……どこでも、と言う訳にはいきませんか?」
答えは、わかり切っていたけれど……。
「いや、どこでもも大丈夫だ」
その答えに今は……勝手に、不安を抱いてしまっていた。
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