第318話 11月5日(離れてしまえば、きっと……)

 茉莉は時計の針がてっぺんを過ぎてから「ちょっと親に電話してくるね」と告げるなり、一度部屋を出た。

 直後、彩弓さんが「ねぇ」と言って顔を寄せて来る。


「茉莉ちゃんのご両親てさ、娘が深夜になっても帰ってこないの……大丈夫なのかな?」


 心配そうな彩弓さんの声に、私は一度、手を止めたが――、


「……大丈夫じゃないですか?」


 ――開きっぱなしの教科書とノートが目に付いた途端、勉強を再開した。


「ちゃんと家に連絡してますし、遊んでる訳でもないですからね」

「……しっかりしてて、甘えるのが下手だよね。そういうところ」


 一瞬、彩弓さんが寂しそうに目を伏せる。

 『どういう意味ですか?』と訊こうとした時――、


「お、どうだった?」


 ――茉莉が戻って来てしまった。


「んー、だめでした。なんかお父さん迎えに来れないって」

「えっ?」


 平然と話す茉莉の言葉に私だけが驚く。

 その後、茉莉は間髪入れずに「それで、ちなにお願いがあるんだけど……いい?」と手のひらを合わせてみせた。




 ……わざわざ彼を頼らずとも、父に『茉莉を車で送って』と言えば済むと思っていた。

 だが――、


『ごめん智奈美ぃ……お母さん、お父さんにお酒飲ませちゃったぁ』


 ――受話器越しでも酔っているとわかる声に思わず溜息を吐く。


「わかった。じゃあまた帰る時に電話するから」


 ご機嫌な母との通話を切るなり、茉莉が待ち構えていたように「これで後はお兄さんだけだね」と言った。


「……まさかコレ、狙ってたの?」


 恐る恐る訊ねた私へ、親友は「まさか」と即答する。

 しかし、


「ちなのお父さんが今日お酒を飲んでるかどうかなんて、わかる訳ないでしょ?」


 この時に茉莉が見せた表情は……まさしく博打打ちの笑みだった。





 軽く緊張しながら彼に電話を掛ける。

 二日ぶりに聴いた声は優しく、面倒ごとを頼んでも『いいよ。わかった』と二つ返事だった。


 これで、後は茉莉が彼の車に乗れば終わりだ。


 と、安堵したのも束の間――、


「え? ちなも一緒に来てよ。流石にお兄さんと二人は気まずいって」


 ――親友に同伴を強制された。

 そして、今は茉莉を送った帰り道だ。


「また、こういうことがあったらいつでも呼んでくれていいからな」


 運転席から聴かされた言葉に「いつでも?」と首を傾げる。


「いつでも……も、と言う訳にはいきませんか?」


 答えは、わかり切っていたけれど……。


「いや、も大丈夫だ」


 その答えに今は……勝手に、不安を抱いてしまっていた。

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