第306話 10月24日【恋も知らずにほだされチック】

 『どうしてこうなったんだろう?』

 茉莉は待ち合わせ場所に選んだ喫茶店で一人、頬杖をつきながら考えていた。


 彼女が人形のように行儀よく座って紅茶を飲む姿はとても優美だ。

 綺麗な長髪と、服飾が凝った秋服もそれに一役買っている。


 だが――、


「はあぁ……」


 ――深層の令嬢然とした雰囲気は、ひどく大きな溜息一つで台無しになった。


(やっぱり、頼る相手を間違えたかな?)


 相談する前から人選に不安を抱く茉莉は、一瞬『もう帰ろうか』と考えてしまう。

 けれど、『自分から誘っておいて、そんな土壇場で……』などど良識が判断を鈍らせている内に――、


「お待たせ、九条ちゃん!」


 ――相手彩弓が来てしまった。





「それで、相談って?」


 珈琲に砂糖とミルクを入れてスプーンでかき回しつつ彩弓は優しく訊ねる。

 しかし、相談の方向性には最初から予想がついていたようだ。


「ちーちゃん絡み?」


 茉莉の肩が、上から吊った糸で引かれたようにぴくんっと揺れた。


「バレバレですよね」


 自嘲するような肯定の後、彼女は観念したように口を開くのだが――、


「今、ちなと仲が微妙な友達がいるんですけど……」

「え? 九条ちゃん、ちーちゃんと喧嘩してるの?」


 ――この瞬間、彩弓を見つめる瞳には『やはり相談相手を間違えた』と書いてあった。


「あ、本当に友達の話なんだ」

「…………それで、その友達ってのが元々楠のこと好きな子だったんですけど――」

「ああ、わかった。ちーちゃんが楠君と付き合ってから仲が悪くなったんだんだね」

「まあ、有り体に言えば」


 言葉を被せられたことで不機嫌な表情になったものの、茉莉も途中でやめはしない。


「正直、三角関係の事後処理とか荷が重いって言うか……人を好きになったこともないですし」

「そう? ちーちゃんのこと大好きでしょ」

「……恋愛的な意味でです」


 それから、茉莉はどこか冷めた口調で続けたが――、


「こういう時、少しでも恋愛経験があれば二人に寄り添えたのかなって思うんですけど……今まで本当に一度もなくて。なんて言うか――あたしって、そういうの向いてないみたいなんですよね」


「違うと思う」

「え?」


 ――その声は、彩弓によって遮られてしまう。


「誰かのために、こうして一生懸命になれる子が恋愛に向いてない訳ないよ……だから、九条ちゃんもいつか二人みたいに人を好きになるからね」


 直後、茉莉は恥ずかし気にカップで表情を隠し、


「あたし、何で慰められてるんですか」


 と、悔しそうに呟いた。

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