第304話 10月22日【間違いだらけの足跡は……】

 放課後。生徒が少なくなった教室で、逢沢夕陽は楠のことをじっと見つめていた。

 だが、彼女が声を掛ける前に楠は教室から出て行ってしまう。


「……はぁ」


 もう、教室に残っているのは自分だけだと……そう思って溜息が漏れる。

 その後、夕陽が肩に鞄を背負った瞬間――、


「声、かけないの?」


 ――九条茉莉が背後から質問を投げかけた。

 直後、びくりと肩を震わせた茉莉から「わっ」なんて悲鳴が漏れる。

 しかし、相手が茉莉とわかるや夕陽は調子を取り戻し、棘のある口調で言い返した。


「か、かける訳ないでしょっ。だいたい……もう、なんて声を掛けたらいいかわかんないし」

「わかんないって……」


 『今更?』と思いつつ、茉莉は首を傾げる。

 すると、級友の表情を見るなり夕陽は「もう、四回目だから」と独り言のように呟いた。


「……四回目って?」

「楠に告白した回数」

「はっ?」


 茉莉の眉がぐいっと吊り上げる。

 そして『いつの間に?』と彼女が訊ねる前に、夕陽は口を開いた。


「中学の時に二回。今年の冬に一回……それと、楠が智奈美と別れてから一回」

「それは――」


 『タイミングが悪かったんじゃ』と言いかけて、茉莉は言葉を飲み込んだ。

 何故なら夕陽自身が、それを一番わかっていると感じたからだ。

 わかっていても、自分の気持ちを抑えられなかったんだろうと思い、茉莉は胸が苦しくなった。


 二人の間に沈黙が流れる。


 茉莉は必死に夕陽へかけるべき励ましの言葉を探したが――何を言っても無責任になってしまいそうで、選べない。

 けれど――、


「ねぇ、夕陽……」

「何?」


 ――茉莉はどこか『訊ねなければ』と言う使命感に突き動かされながら、声を紡いだ。


「……なのに、どうしてまた智奈美と関わろうと思ったの?」

「…………」


 答えは、すぐには返ってこなかった。

 だが、夕陽の沈黙を聴いて茉莉は、きっとまだ彼女の中でも答えが出ていないのだろうと考える。


 だから、茉莉は自分にできる精一杯を伝えようとした。


「あ、あのさっ――」


 緊張で震える音が教室にこぼれる。


「――あたしは、ちなの味方をするって決めたからっ、だから! もしかしたら……その、夕陽の力にはなれないのかもしれない。けど、でもね? 夕陽がちなと話をしたがってるんだって、それくらいはわかるよ?」


 夕陽へそう告げたことが、正しいことなのか茉莉にはわからない。

 しかし――、


「あのね、茉莉」


 ――少女たちはただ変わりたいと思いながら……望んで一歩を踏み出していった。

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