第297話 10月15日«憧れの先輩»

 入学してからよく一人で図書室を利用していた。

 なので、実は秋ねぇに聞かされる前から向坂先輩のことも知っていたのだ。

 よく図書室で見かけたし、うちは図書カードがアナログだから同じ本を借りた時に名前もわかる。

 試験期間になると図書室で勉強会を開いていたし……それは、今回も変わらないみたいだ。



「栗栖? どこ見てるの?」


 離れた場所で友人と座る向坂先輩を見ていたら、宮が絡んで来た。


「別に。ただ、あそこに向坂先輩がいるなって思っただけ」


 素っ気なく答えて教科書と向かい合う。

 けれど、私が勉強に戻った途端、宮の意識は向坂先輩へ向いてしまった。


 「どこどこ?」なんて独り言をこぼし、友人はミーアキャットのように背伸びする。

 そして、向坂先輩を見つけた瞬間――、


「あっ、本当だ! 挨拶しにいこっか」


 ――頓痴気とんちきなことを口走った。


「挨拶って……別に同じ部活の先輩後輩って訳でもないでしょうが」

「えー……けど、逆に知らない仲でもなくない?」

「今、先輩達は試験勉強してるんだよ? って、それは私達もそうなんだけど……よく知りもしない一年に声掛けられても迷惑でしょ?」

「そうかなぁ?」


 宮はサイコロでも振るように筆記用具を手放す。

 その後、転がったソレが静止するなり――、


「でも、栗原先輩は向坂先輩って後輩にすごく優しいって言ってたよ?」


 ――聞きかじった情報を披露した。


「だからって」

「それにほら、もしかしたら勉強とか教えてもらえるかもしれないし」


 この子は――自分から私に「勉強教えて」って泣きついておいて、あっさり鞍替えする気なのか。


「だったら、一人で行きなよ。私もここで勝手にやってるからさ」


 直後、宮は「えっ!?」と小さな悲鳴をあげる。

 さも意外そうな顔をしてみせるが……どうしてついて来てもらえると思えたんだろう。


「さ、流石によく知らない先輩に一人で声掛けられないんだけど」

「…………」


 部活中は物怖じせず、普段の言動も大雑把な癖に……宮は変な所で小胆だ。


「はい、この話終わり。いい加減にしないともう勉強教えないからね」


 肩を竦めて再び教科書に向き直る。

 しかし、私と違い宮は手にスマホを握りしめていた。


「何してるの?」

「え? 栗原先輩に向坂先輩のこと教えてあげようと思って。もしかしたら先輩と一緒に勉強できるかもしれないし」


 ウキウキとメッセージを打ち込む宮の姿に呆れつつも――、


「わかったから、さっさとしてよね」


 ――彼女を止めることはしなかった。

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