第278話 9月26日(……確かに、毎日これは嫌だけど)
玄関で出迎えられた開口一番に「お昼、まだですよね?」と訊ねた。
◇
一人暮らしをしている男性宅の冷蔵庫。
想像していたのはお酒とおつまみだけを冷やす、開始直後の落ち物パズルみたいな中身だった。
しかし、現実は違う。
トマトと目が合った瞬間――、
「……野菜がある」
――と声が漏れた。
「そりゃ、野菜室だからな」
「……エリンギとか椎茸も入ってますが?」
「野菜室には野菜しか
「冗談です」と返しても彼の目が笑っていない。
まさか、本気で『野菜室には野菜しか入れないと思っている』と思われたのだろうか?
「……本当に、冗談ですよ?」
「あ、ああ。わかってるよ?」
「私だって料理は出来ますしバレンタインにケーキだって作ったんですから」
「それは知ってるけどさ。なんで急に俺の家で昼飯を作ることにしたんだ?」
野菜に引き続き、冷蔵庫からバターを取り出す間……短い沈黙が訪れる。
「……両親が、私には生活力がないみたいなことを言うので」
「生活力? どうしてそんな話に?」
春に引っ越すことを……彼へ話すか迷った。
迷ったけれど、考えてみれば隠す理由がない。
ここに残るためには一人暮らしをしなければいけなくて……昼食を作りに来たのも、その練習の一環だと。
「…………」
「……ちな?」
隠す理由はない。
けれど、話したくないとも思った。
「……両親が心配するんです。大学生になったら、一人暮らしすることになるかもしれないのにって」
「けど、ちなは家から通うつもりだろ?」
「その方が楽ですからね。でも、自立できないとも思われたくはないので」
嘘は吐いていない。
ただ、大事なことを隠している後ろめたさと……傍にいるための努力を知られるかもしれないという恥ずかしさで、少しだけ息が苦しかった。
◇
「……どう?」
卵とほうれん草の炒めもの。
ほうれん草入りのかきたま汁。
カットトマトを添えて白ご飯と一緒に出すと……彼は、静かに頷いた。
「ん。旨いよ」
つい、胸の奥がくすぐったくなる。
でも――、
「ただ、一食で卵を使いすぎ。栄養はあるけど食べ過ぎも良くないぞ。汁物を作るなら卵の代わりにキノコを入れても良かったかもな。もしくは卵とほうれん草の炒め物をキノコ炒めにするとか」
「……別に、美味しかったならいいじゃないですか」
「レパートリーを増やさないと、これを毎日食べることになるのは自分だぞ」
――これは練習で、彼は今審査員なのだとすぐに実感させられた。
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