第279話 9月27日(残るにしても、離れるにしても……)

「じゃあ、ちな引っ越すの?」

「まだ決まってないよ……卒業してからの話だしね」

「でも、そっかぁ……引っ越すかもしれないのかぁ」


 「そっかそっか」と頷く茉莉はどこか嬉しそうに見えた。


「……普通、こういう話ってしんみりするものじゃないの?」


 つい、つんと唇が尖ってしまう。

 すると、茉莉は「え? あー……確かに。普通はそうなのかも」と笑ってから唇を結び――、


「うん。あたし、ちょっと嬉しいんだと思う。ちなの引っ越し」


 ――と、言葉を紡ぎ直した。


「……もしかして、茉莉って私のこと嫌いだった?」

「もうっ、そんな訳ないでしょ? 面倒くさい子ね」


 呆れたように肩を竦めてみせた直後、茉莉は「でも、今のはあたしが悪かったか」と頷き……。


「ちょっとね。仲間なのかもって思ったんだ」


 遠くを見つめながら静かに微笑んだ。


「仲間って……っ! 茉莉、引っ越すの? 初耳! いつっ?」


 疑問が次々声に出てしまう。

 しかし、親友に「あんたが落ち着いたら一個ずつ答えてあげる」と返された途端――ぎゅっ、と唇を固く結んだ。 


「…………」

「…………本当はね? このままずっと地元にいる気だったんだ。妹のことが心配だったし、家族の傍を離れて暮らすってイメージできなかった。でもさ、陽菜にお姉ちゃん離れされちゃって気付いたの。なんだあたし、自分に使う時間欲しかったんだなって」


「それって……」

「大学ね、県外の所に行きたいの」


 茉莉がやりたいことは……きっと、今の私とは正反対で――、


「ちなとは、もしかしたら真逆かもしれない」

「……そうだね。全然、仲間じゃないじゃん」


 ――なのに、どこか根っこが似ていると感じた。


 私達は今、二人とも分かれ道の前にいる。

 ここに残るか、離れるか……。

 誰かに強いられる訳でもなく、自分で選んでいい分かれ道の前に立っているのだ。


「……一人暮らしって、きっと大変だよね」

「そりゃね。あたし、ホームシックになりそう。毎日妹の顔見てないと心配で変になるもん」

「だったら……やめておく?」


 茉莉は瞼を閉じてから「……んー?」と唸り、


「……やめない」


 再び開かれた瞳は、蕾が花を咲かせたように明るい未来を見つめていた。


「陽菜のことは大好きだし、あたしは妹が大好きなお姉ちゃんだけど――それだけじゃないんだもんね」


 私達が抱えたのは、同じような悩みを持つ人がたくさんいる至って平凡なものかもしれない。

 でも、こうして話し合える親友がいることは……特別なことだと思った。

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