第四部 ー初恋はつもる、雪のようにー
【背伸びする時はハイヒールチックに】
第277話 9月25日(まだ、半年も先のことだけれど……)
貴重な休日を躊躇うことなく彼の家で潰し……夕飯前に帰宅する。
「……それじゃ、また」
「おう、気をつけてな」
秒針が一回りしない内に帰れる距離で『気を付けて』と言われても、反応に困ってしまった。
「……心配性。すぐそこですよ」
しかし、彼は肩を竦めるなり――、
「そのすぐそこで転んで泣いた子を知ってるからなぁ」
――昔話を持ち出す。
だから、
「奇遇ですね。私も、その泣いていた子の擦り傷に絆創膏ではなくセロハンを貼った子を知っています」
同じように記憶の引き出しを開けてやり返す。
「よく覚えてたな……ちなが二歳の時だぞ?」
「大きくなってから小母さんに聴いたんです」
「なるほど」と頷いた彼に今度こそ別れを告げた。
「それじゃ、また」
「おう……またな」
変わり映えしない日常が今日もまた終ろうとする。
しかし――、
「智奈美、少しいい?」
今日という日は、これまでと少しだけ違った。
◇
「引っ越し?」
口からこぼれたオウム返しに父が頷いた。
「でも、すぐって訳じゃないんでしょ?」
「ああ、智奈美が高校を卒業した後の話だ」
頭から転校の二文字が消え去り、ほっと溜息を吐く。
直後――、
「こら、安心しないの。大事な話なのよコレ」
――肩の力が抜けた所を母に注意された。
「でも、まだ半年は先の話じゃない」
「確かにそうだが……智奈美、大学は家から通う気でいたろ?」
つい「……あ」と声が漏れた。
この引っ越しは唐突な話ではない。
一昨年、
母以外の身寄りがなく、一人暮らしになる祖母を家族皆で心配していたのだ。
だから、いづれはかな恵おばあちゃんの住み慣れた家での同居を考えていた。
幸い父が勤める会社の支社が近くにあり、ようやく異動願が通ったという話だ。
だが、両親は『一緒に来なさい』とは言わなかった。
「お前も来年は大学生だ。一人暮らししたいなら反対はしない」
「ただね、少し視野を広く持ってほしいなって母さん達は思ってるの。これからはおばあちゃんの家から通える範囲の大学も選択肢に入れてね。一人暮らしがしたいなら、今からもっと真剣に考えなさい」
母の言葉に黙って頷く。
しかし、応援してくれると言う割には……二人の表情が暗いのが気になった。
なので、思い切って訊いてみた所――、
「「だって、智奈美が一人暮らしだなんて……」」
――と、二人して私の生活力への不安を吐露するのだった。
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