第252話 8月31日(もう、9月になってしまう……)
ようやく長かった夏休みが終わる。
明日、提出する夏休みの課題を整理していると思わず溜息が漏れた。
剣道から離れてみて初めてわかったけれど……やることがない長期休暇は拷問に近い。
ただ時間を浪費しているだけの罪悪感に苛まれながら寝起きする日々はなかなか苦痛だった。
……でも、まあ――何も、得るものがなかった訳でもない。
身勝手に美化することのできない思い出や、夏らしい出来事を胸に抱えつつ……脳内で写真の束を一枚一枚眺めていくように思い返していたのだが――突如、私は現実に戻された。
「あ、れ……?」
課題の内容がまとめられたプリントと
押し込めた中身を全て勉強机の上へ広げ、再度確認してみるが……やはり、ない。
課題が一つ足りない。
狭苦しい棚の隙間や、勉強机の裏が生み出す暗い影へと目を凝らす。
すると、失くしたと思っていたボールペンや存在を忘れていた未使用の図書カードとは再会できたが――肝心の課題が見当たらなかった。
内心焦りながら手元にある課題とプリントを照らし合わせてみる……行方をくらましているのは数学の問題集だ。
一瞬、学校へ忘れて来たのかもと思ったのだが――確かに持って帰った記憶がある。
むしろ、家の中で数式と向かい合っていた気さえした。
いや、まあこれが現実を直視したくない自分によって捏造された偽りの映像ではないとも言い切れないのだけれど……。
低く唸りつつ、課題の山と睨み合って頬杖をつく。
そして、記憶の糸を手繰り寄せていくと……、
「あっ――」
……彼の家で、数列を書き殴った記憶があった。
◇
「……あった」
彼の家に押しかけ、捜索すること数分。
問題集は置きっぱなしだったDVDの下敷きになっていた。
直後、嫌な予感がして問題集を手に取る。
パラパラとページを
「あの……」
「なんだ?」
「筆記用具と机、借りてもいいですか?」
◇
夏休み最終日になっても宿題が終わっていないなんて初めてのことだった。
リビングでテーブルを借りて、数列と見つめ合う。
ペン先が動いては止まり、止まっては動きを繰り返す中……もう、解答のページを開いて見たままを写しても良いのではないかと考えてしまう。
でも、そうしなかったのは彼の目があるからだ。
「八月中に終わりそうか?」
珈琲を差し出す彼に「余裕です」と返してみたが……たぶん、課題が終わるのは八月の終わりと重なるだろう。
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