第244話 8月23日(いいわけ……ないじゃないですか)
「それじゃあ、また後で」
夕飯時が近くなり、作業をする彼の背中へ一言告げて玄関へ向かう。
だが、靴紐が緩んでいたので結び直そうと腰を降ろした時……何かが下駄箱の下敷きになっているのを見つけた。
しかし、座ったままの姿勢ではそれが何かはわからない。
屈みながら下駄箱の影へ目を凝らしてみると……薄っすら『花火』と書いてある気がした。
まさかと思いつつ、手を伸ばす。
指先にビニールの感触――息苦しい姿勢をキープしたまま、無理やり指の腹で引きずり出すと……一昨日処分した筈の線香花火が姿を現した。
◆
履きかけていた靴を脱ぎ、線香花火片手に彼の部屋へ戻る。
すると、
「まさか、下駄箱の下に隠れていたとはな」
彼は腕を組み、どこか感心したような口ぶりになった。
「勝手に逃げたみたいに言わないで。あなたが玄関で落としたんでしょ?」
花火の包装紙で軽くおでこを叩くと、彼は苦笑いになる。
「それで? どうしますか、コレ」
コンビニくじのハズレ――安っぽい線香花火が十本。
とてもじゃないが、人にあげられるものではない。
捨てるのか、それとも置いておくか……どうしますか、と訊いたつもりだったので――、
「今から俺達で使ってしまおうか?」
――それは、少しばかり私の盲点を突いた返答だった。
◆
一度火をつければ、線香花火は一分程で燃え尽きてしまう。
それがたったの十本。
しかも、二人で分けるとなれば遊べる時間はとても短い。
けれど、こういうのは長ければ良いというものでもない。
それに、私達は長い時間を共に過ごして来た。
だから、たぶん……必要なのはいつだって時間ではなくきっかけだ。
三つ目の火花が咲き始めた頃、私は彼に声を掛けた。
「もう……インターハイが終わりました」
彼は『何の?』なんて訊き返したりしない。
ただ、静かに「そうだな」と答える。
「三年生は引退ですよ。なのに、まだ防具を取っておくんですか?」
もしも『
でも――、
「だって、ちなは……人生最後の試合が、あれでいいのか?」
――彼の返答に、私はぎゅっと握っていた拳を解く。
「……よくは、ないです」
もう剣道はしない。
その決意に嘘はないつもりだった。
だけど、だからこそやりきれない。
あんな試合が最後で、私は自分の想いにけじめがつけられているのか?
それは抱え続けてきた後悔であり……たった一つの葛藤だった。
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