第243話 8月22日◇火花は思い出のように落ちて◇

 ちーちゃん先輩から譲り受けた花火は親戚からもらったということになり、先輩達の送別会で使うことになった。

 派手な花火の数が勢いよく減っていく中、わたしは好んで線香花火へ手を伸ばす。

 近くに置いてあったロウソクへこよりの先端を近づけると、小さな火が燃え移った。

 やがて、橙色に光る火は変形し、まるまりながら火花を散らしていく。

 まんまるい火はヂヂヂと音を立てながらこよりの先へテントウムシみたいにしがみついていたが……スズムシが数度鳴いている間に、ぽとりと力尽きてしまった。

 一抹の寂しさを感じつつ、綺麗だったなと口元に笑みが浮かぶ。

 もう一度取ってこようとした時、目の前に線香花火がぶら下がった。


「どうせコレでしょ?」


 聴き馴染んだ声に顔をあげる。

 すると、すぐ傍に栗栖ちゃんが立っていて――手に線香花火をたくさん持っていた。


「えっ、そんなに持って来たの?」

「お礼なんていいよ」

「そうじゃなくて! これ、みんなで使うんだから一度にたくさん持ってきたらだめっ」


 一応、ここ剣道部では先輩な訳だし――従姉としても注意をする。

 しかし、栗栖ちゃんは頬を膨らませて不機嫌そうだった。


「でも、まだまだいっぱいあったし。それに、コレって元々は秋ねぇのでしょ」

「もう! そんなこと言って。わたしのって言うけど、元は貰い物なんだから」


 ちーちゃん先輩が『剣道部に』とくれたんだ。

 決して独り占めにはできない。

 でも――、


「だけど……まあ、余ってるのは本当だしね。ちょっとくらいいっか」


 ――後輩であり、従妹でもある子の好意をむげにもできなかった。

 それに、わたしが同じようにしたら……きっと、ちーちゃん先輩だって似たようなことをする筈だ。

 だから、線香花火を受け取りながら「ありがとう」と口にする。

 その後、栗栖ちゃんはその場にしゃがみ込むなり「あのさ、訊いてもいい?」と首を傾げてみせた。


「何を?」

「その……花火をくれたちーちゃん先輩って人のこと」

「ちーちゃん先輩?」

「うん。どんな人だったの?」


 真剣な眼差しに見つめられ、どう答えようかと――どこまで答えていいのかと考え……一度、栗栖ちゃんから目線を逸らして線香花火へと火をつける。


「優しい先輩だったよ……剣道も強くて、綺麗で、格好良かった」

「部長より強かった?」

「うん。去年の剣道部で三年生をいれても一番ね」

「……なのに、辞めちゃったんだ」


 ただ静かに頷く。

 やめた原因がわたしにあると、話すことはできなかった。

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