第195話 7月5日(変わったけど……うん、何も変わってない)
放課後、茉莉と二人でささやかに誕生日を祝った別れ際――、
「それじゃ、お兄さんによろしくね」
――親友は私の背中を押してから帰った。
◆
彼の家へ着きドアを開けるなり、
「お、今年も来たな?」
弾んだ声に出迎えられた。
この瞬間、彼が私の誕生日を忘れているという線は消える。
「……帰ります」
踵を返してドアノブに触れた直後、
「待て待て待て」
彼の手が私の手に重なった。
「……なんですか? 今日は誕生日なので、早く家に帰りたいんですけど」
「知ってるよ! なのに、何も受け取らずに帰ろうとするんじゃないっ!」
慌てた彼に向けて「はぁ……」と溜息をこぼす。
重なっていた手を振り払う時、ドアノブから指が離れた。
「だって、なんだか私がプレゼントをせびりに来たみたいで癪だったので」
じとりと、責めるように見つめた途端「なるほど。せびりに、ね」と彼の声が沈んでいく。
一歩退いた彼は、まだ出してもいないプレゼントをこのまま仕舞い込みそうな雰囲気だった。
「これまで、俺があげたいからって理由であげて来たけど……もう十八歳だもんな」
「そうですよ。クリスマスだって当然みたいにプレゼントをもらって、正月にはお年玉まで……親戚の子どもじゃないんですから」
今、枝から葉がぷつりと離れるように――彼との間に距離が生まれた気がする。
それはいつか、私が彼に望んだものだ。
なのに……叶った端から、空いた隙間を寂しいと感じてしまった。
「……わかった。もう、これからは『あげたいから』なんて理由でプレゼントを用意するのはやめるよ」
「…………はい」
葉が、落ちていく。
見えないそれを目で追っていると、いつの間にか俯いてしまっていた。
だが――、
「それじゃあ、はい。これ」
――突然、
「なんですか、コレ?」
「ランニングシューズ」
「は?」
「ちな。ランニング用の靴はまだ一足しか持ってなかっただろ? ほぼ毎日走ってるのに、洗い替えもなしじゃ良くないよな?」
今さっき、もうプレゼントはしないみたいな雰囲気を自分から作った癖に……――、
「だから、コレを渡す。ほらっ、あげたいからじゃないぞ?」
――……この人は、もう。
「はぁ……」
止めようもなくこぼした溜息を、彼が笑って受け止める。
「毎年思うんですけど……私の誕生日なのに、なんであなたが楽しそうなんですか?」
彼には『今年は誕生日を祝わないで』と言っていたとしても……きっと無駄だったろうな。
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