第194話 7月4日(最近ずっと、バタバタしてたし……)
どこか……遠くから草笛を鳴らしたような、こもった音が聞こえてくる。
(……なに? この音?)
疑問に思って目を開けてみると、そこはベッドの上で……枕元にはマナーモードに設定したままのスマホが転がっていた。
「んぅ……」
ゆっくりと起き上がり、寝ぼけた頭のまま震えるスマホへ手を伸ばす。
指先に固い感触が生じた瞬間、目覚める前に聞こえた草笛はスマホの振動音だったんだと気付いた。
親指で電源ボタンを押し込むと液晶が明るくなる。
画面の中程に通知欄が表示され……茉莉からのメッセージを見つけたのだが――、
『明日の放課後は空けおいてね』
――送られてきた文面に、はてと首を傾げた。
(……明日? って、何かあったっけ?)
至って普通の平日だった筈だと考えつつ、カレンダーを見る。
直後、
「……あ」
自分の誕生日を思い出して、思わず声が漏れた。
◆
「あ、茉莉? 今朝のメッセージのことなんだけど……もしかして、忘れたの?」
『忘れたって……なんのこと?』
朝食後、茉莉へ通話をすると開口一番にそんな言葉が返って来た。
『明日ってちなの誕生日でしょ? バッチリ覚えてるよ?』
「そうじゃなくて……ほら、今年の誕生日は祝わないでって話、忘れたの?」
次の瞬間、スピーカー越しに聞こえて来たのは『あーっ!』という声。
しかし、茉莉は開き直ったように『でもさ』と続けた。
『あれって、楠と付き合う前の話でしょ? 野球部だって一回戦突破したんだし、もういいんじゃない? それに、楠だってちなへの誕生日プレゼント買ってたよ?』
親友は悪びれないどころか退路まで奪いに来る。
彼女のペースに押されながら「なんでそんなこと知ってるの?」と訊ねたのだが――、
『えっ? だって昨日、あいつの部活が終わってからプレゼント選びに付き合わされたから』
――ただただ、あっけらかんとした言葉だけが返って来た。
「はぁ……付き合ってないで止めてよ」
『止められないよ。あたしだって忘れてたんだもん。それに、ちなだって忘れてたんでしょ?』
自分の誕生日自体忘れていたことを指摘され、何も言えなくなる。
いや、正確には忘れていた訳じゃない。
現に、6月末辺りまでは(ああ、そっかそろそろ誕生日だなぁ)と覚えていた。
でも、反論しようとした矢先――、
『この調子じゃ、お兄さんにも結局言えてなかったんじゃない?』
――図星を衝かれてしまう。
結局、反論らしい反論もできぬまま私達は通話を終えた。
はぁ……明日、誕生日が来る。
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