【夏に背中を見るあーちすと】
第196話 7月6日(一年生か……)
楠にもらった
目の前にぶら下がる黒い子猫を見つめ、指先でつつく。
ちりんと鈴の音が聞こえた直後、思わず溜息を吐いてしまった。
「まあ、
それとも、楠は私にこういうのが似合うと思っているんだろうか?
「……まあ、もらいものだしね」
最後にぴんっと指で子猫を弾いて鞄へしまう。
気付けば、部屋から出る時に鼻歌を口ずさんでいたが……別に、何でもないのだ。
◆
「ちーちゃん先輩っ!」
校門の前で呼び止められ、振り返った。
すると、走って来る秋の姿が見えて、思わず緊張感を抱いてしまう。
でも――、
「おはようございますっ!」
「……ん、おはよう」
――彼女の浮かべた笑顔を見た途端、固く結んだ毛糸が
「そっか……朝練は? って、思ったんだけど今日からテストだもんね」
「はいっ! あ、でも今朝も登校する前に少しだけ素振りをしてきたんですよっ」
満面の笑みで報告してくる秋に、しっぽが生えているんじゃないかと錯覚する。
「ん、えらいね。秋は……」
そして、いつかのように彼女の頭を撫でようとした瞬間――、
「あー! 栗原先輩おはようございます」
「おはようございまーす」
――見知らぬ女生徒が二人、秋に挨拶をしながら通り過ぎていった。
「はいっ、おはようございますっ。テストがんばってね」
ひらひらと手を振り返す彼女の表情はどこか落ち着いている。
それは
「……今のって、剣道部の後輩?」
「今年の新入生で宮さんと栗栖さんですっ。宮さんは経験者、栗栖さんは剣道は初心者ですけど、中学の時に弓道をやってたって」
「中学で弓道……? それって――」
「えへへ、わたしと同じなんですっ」
秋は照れくさそうに言い、その後で『でも』と続ける。
「でも、栗栖さんは一年生なのに去年のわたしよりずっと身長があって……飲み込みも早いから正直焦ります」
彼女は『焦る』と口にしたけど……とてもそうは見えなかった。
「でも、今は秋の方が強いんだ?」
「はいっ! 先輩にも見てほしいです! わたしの成長っ。一年生には負けませんからっ」
自身に満ちた声が耳に届く。
秋を撫でようとしていた手は、当の昔に引っ込めていて……焦るというなら、たぶん今――私の方が焦っていた。
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