【夏に背中を見るあーちすと】

第196話 7月6日(一年生か……)

 楠にもらったストラップ誕生日プレゼントをスマホへつけた後の第一声は「……可愛すぎる」だった。


 目の前にぶら下がる黒い子猫を見つめ、指先でつつく。

 ちりんと鈴の音が聞こえた直後、思わず溜息を吐いてしまった。


「まあ、こういうのって嫌いじゃないけど……」


 子猫のストラップ好きなモノが自分に似合うかと言われれば……正直、微妙だ。

 それとも、楠は私にこういうのが似合うと思っているんだろうか?


「……まあ、もらいものだしね」


 最後にぴんっと指で子猫を弾いて鞄へしまう。

 気付けば、部屋から出る時に鼻歌を口ずさんでいたが……別に、何でもないのだ。





「ちーちゃん先輩っ!」


 校門の前で呼び止められ、振り返った。

 すると、走って来る秋の姿が見えて、思わず緊張感を抱いてしまう。

 でも――、


「おはようございますっ!」

「……ん、おはよう」


 ――彼女の浮かべた笑顔を見た途端、固く結んだ毛糸がほぐれていくように、口元は緩んでいった。


「そっか……朝練は? って、思ったんだけど今日からテストだもんね」

「はいっ! あ、でも今朝も登校する前に少しだけ素振りをしてきたんですよっ」


 満面の笑みで報告してくる秋に、しっぽが生えているんじゃないかと錯覚する。


「ん、えらいね。秋は……」


 そして、いつかのように彼女の頭を撫でようとした瞬間――、


「あー! 栗原先輩おはようございます」

「おはようございまーす」


 ――見知らぬ女生徒が二人、秋に挨拶をしながら通り過ぎていった。


「はいっ、おはようございますっ。テストがんばってね」


 ひらひらと手を振り返す彼女の表情はどこか落ち着いている。

 それは先輩には見せない、背伸びしたような女性らしい顔つきだった。


「……今のって、剣道部の後輩?」

「今年の新入生で宮さんと栗栖さんですっ。宮さんは経験者、栗栖さんは剣道は初心者ですけど、中学の時に弓道をやってたって」

「中学で弓道……? それって――」

「えへへ、わたしと同じなんですっ」


 秋は照れくさそうに言い、その後で『でも』と続ける。


「でも、栗栖さんは一年生なのに去年のわたしよりずっと身長があって……飲み込みも早いから正直焦ります」


 彼女は『焦る』と口にしたけど……とてもそうは見えなかった。


「でも、今は秋の方が強いんだ?」

「はいっ! 先輩にも見てほしいです! わたしの成長っ。一年生には負けませんからっ」


 自身に満ちた声が耳に届く。

 秋を撫でようとしていた手は、当の昔に引っ込めていて……焦るというなら、たぶん今――私の方が焦っていた。

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