第180話 6月20日(えっ……全く気付かなかった。いつだろ?)

 彼に淹れてもらった珈琲を飲みながら、彩弓さんの口から「ほぅ……」っと溜息が漏れる。

 しかし――、


「……たまにはさ、本格的な珈琲が飲みたくなるよね。インスタントじゃない豆から淹れたようなヤツ」


 ――休日に私を誘って彼の家へ来たかと思えば……彼女はわざわざ文句を言いに来たんだろうか?


「そんなに言うなら純喫茶にでも行けばいいじゃないですか」


 私がたしなめるように言うなり、彩弓さんは「ん?」と首を傾げた。


「ひょっとして、ちーちゃん知らない?」

「……何をですか?」

「彼がアレ持ってるの。ほら、アレ……あの、珈琲豆をガリガリするヤツ」

「……ひょっとして、コーヒーミルのことですか?」


 コーヒーミル珈琲豆を挽く機械の名前を聞くなり、彼女は「そうそれ!」と笑う。


「私……彼がコーヒーミルを持ってるなんて知りませんでした」

「へー……意外。学生時代はね、結構ゼミ室で淹れてくれたんだよ。教授がサイホン? 持っててさ、彼に淹れ方とかも教えてたの。卒業する時にもらってた筈だから、今も家のどっかにあると思うんだけどなぁ」


 「うーん……」と唸りつつ、彩弓さんはカップへ口をつける。

 私も静かにインスタントコーヒー飲みなれた味を口へ含み……少し、本格的な珈琲というものが気になってしまった。





「そう言えば……彩弓さんから聞いたんですけど、サイフォンとかコーヒーミルを持ってるって本当ですか?」


 ランニング中、他に話題もなかったので彩弓さんから聞いた話を振ってみた。

 すると、


「確かに……持ってるけど」


 何故か、彼の表情が苦くなる。

 この瞬間、見たこともない光景サイフォンで珈琲を淹れる彼が脳内に浮かんで……気付けば眉間にしわが生まれていた。


「なんで秘密にしてたんですか?」

「いや、秘密にしてた訳じゃ……それに、訊かれなかったし?」

「まあ、それはそうですけど……」


 しれっと言う彼は暗い足元ばかり見つめて、こっちを見ようともしない。

 だからだろうか?。


「家でサイフォンとか使ってる所を見たことなかったので……」


 つい、そんな言葉が漏れた。

 直後、これでは暗に『私は淹れてもらったことがないですよ』と言ったようなものでは? と恥ずかしくなってしまう。

 だが、


「ん? けど、ちなも一回だけサイフォンで淹れた珈琲飲んだことあるぞ?」


 と彼が言い、


「は?」

「インスタントコーヒー飲んだ時と反応が変わらなかったから、それ以降使ってないけどな。手入れも大変だし」


 なんて答えが返って来た瞬間……目を合わせられない理由は変わってしまった。

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