第178話 6月18日(あー……なるほどね)

 楠が昼食をもってテーブルに着いてから……どれくらい経っただろう?

 ぼんやり米を見つめる楠へ「……食べないの?」と訊ねた。


「え? ――っと、食べるよ。いただきますっ」


 ぱんっと合掌した楠は持っていたわりばしを割りに掛かる。

 しかし、箸の頭は綺麗に割れず……片方が歯ブラシのようなシルエットになってしまった。

 なんとも使いづらそうな形だ。


「……新しいの取ってきたら?」

「いやっ――これでいいよ」

「……そう?」


 それから楠は「そうそう」と返してすぐご飯をかきこみ始めた。

 だが、箸の持ち方が不格好で、やはり食べずらそうだ。見ているこっちが落ち着かない。

 だから「……私、取って来てあげる」と告げて、席から立ちあがろうとしたのだけれど――、


「あのさ、向坂」


 ――どこか遠慮がちな声で呼び止められた。

 でも……。


「…………」

「…………」

「……その」

「……ん?」


 …………。


「悪い、やっぱ何でもない――と言うか、箸わざわざ取りに行ってもらうくらいなら、最初から自分で取りに行けば良かったなって」

「本当にそう。ま、次からは自分で取りに行けば?」


 自分から取りに行くと言った手前、今更『じゃあ取りに行けば』とも言えない。

 「おう、次からはそうする」なんて悪びれない彼氏を背に……今日の楠は、どこか様子がおかしいなと感じていた。


(今……何か訊こうとしてたよね)


 昨日、少しずつではあるが本音を見せあえるようになってきたと思ったばかりなのに……さっそく本音を隠されてしまった。

 それとも、今の私達ではまだまだ訊きづらいことがあるんだろうか?


「……?」


 確かに、ありそうではあるけど……それは、一体なに?


「……はぁ」


 指先で割り箸を選びながら、私の思考回路が混線し始める。


 訊きたくなるようなこと……例えば、秘密にしていることや隠し事だろうか?

 でも、楠にしている隠し事なんてない。

 訊かれなかったから答えていないということはあるかもしれないが……もうずっと一緒に昼食を食べているのだ。

 雑談の中でお互いのことはよく話題にしている。

 なのに、まだ訊きたいことなんてあるんだろうか?


 ……いや、ないな。思い浮かばない。


 胸中でそう結論づけ、楠の元へ戻る。

 しかし「はい」と割り箸を渡したところで――、


「ありがと……あと、やっぱり訊いてもいい?」

「ん? なに?」

「向坂の幼馴染みのお兄さんって……どんな人?」


 ――秘密にしたり、隠していなかったことが気になっていたんだとわかった。

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