第177話 6月17日(いつか呼ばれるにしても、それは早すぎる……)

 楠は白米が大盛りになった定食セットをテーブルへ置くなり、


「……その、謝った方がいいのか?」


 と、訊ねてきた。

 私は彼氏と比べてずいぶん少ない茶碗の中身を見つめながら「謝るようなことじゃないでしょ? 付き合ってるんだし……私達」なんて言ってしまう。

 ……ひょっとして、突き放したように聞こえただろうか?

 ただ『謝られる方が困る』というか『謝られた方が恥ずかしい』と伝えたかっただけなのだけど。 


「…………」


 私は『いただきます』と言うのも忘れて一口目を口へ含み……もそもそとよく噛みもせずに飲み込んだ。

 そして――、


「……今の、別に怒ってないからね」


 ――なんて呟く。


 楠は彼氏と言っても、まだ付き合って日も浅い。

 茉莉曰く『めんどくさい』らしい私の気持ちを一方的に察してと言う方が無理がある。

 だから、少々遅れ気味でも言葉付け足してみたのだけど――、


「大丈夫。流石に、今のを怒ってるって思う程、向坂のことわかってない訳じゃないからさ」


 ――私は……『好き』と言ってくれた人のことを、少し見くびっていたのかもしれない。


「……そう?」

「そうそう。あっ――ただ、今みたいに言葉にしてくれると、俺の中で答え合わせができるので、すごく助かる」


「答え合わせって……私のことなんだと思ってるの?」

「悪い。でも、そうやって少しずつ向坂のことわかっていきたいから……って言うと、俺の勝手な気持ちを押し付け過ぎかな?」


 私は、そんなことないんじゃない? と言いかけて言葉を飲み込んだ。

 だって、楠の目が……全然申し訳そうじゃない。

 楠の真剣な瞳には『この気持ちを押し付けさせてほしい』と書いてある。


 なんというか……こういう多少遠慮がないくらいの方が、好ましいやりやすいと感じた。


「気持ちの押し付け過ぎかどうかは知らないけど……いいんじゃない? 一応、彼氏なんだし。多少はさ? それに、嫌だったら私は嫌って言うよ」


 きっと周りからは冷めたように聞こえただろう。

 でも、きっとこれでいい。

 だって私達は今――付き合ってみてはじめて見せて合える一面を、見せあっていたのだから。


「な、向坂?」

「……なに?」


 何がおもしろかったのか、楠は緩んだ口元で訊ねる。


「今すぐは……きっと、絶対嫌がられるって思うからさ」

「……ん?」

「大会が終わったら、智奈美って呼んでもいいか?」


 この瞬間――楠に呼ばれた名前が、まるで全然違う人のものみたいに聞こえて、


「……絶対にいや」


 気付けば、そう返していた。

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