第176話 6月16日(それだけはない!絶対に!)

 昼休みを告げるチャイムが鳴るなり、茉莉の席へ早足で向かう。

 あらかじめ買っていたサンドイッチを片手に私が詰め寄ると、茉莉は「どうしたの?」と訊ねてきた。


「今日、一緒にお昼食べよう」


 直後、茉莉は一度だけ楠の席に視線をやり――すぐ私へ向き直る。

 彼女は首を傾げながら「いいの? 彼氏放っておいて」と続けた。


「……いい。というか、今ちょっと一緒にいたくないの」


 訳も話さず告げると、茉莉は怪訝な表情になり、


「恋人らしいと言えばらしいけど……倦怠期になるには早すぎない?」


 なんて、軽口を飛ばした。




 楠を置いて学食へ向かう途中、


「あっ! ちーちゃん先輩っ!」


 廊下で秋に声を掛けられた。


「九条先輩もこんにちわ、これからお昼ですか?」

「そう。秋も学食?」

「いえ、わたしはお弁当があるので」


 手に持っていたお弁当袋を見せて、秋は嬉しそうに笑う。

 なら、なんで学食へ行く途中で鉢合わせたんだろう?

 不思議に思っていると、茉莉が口を開いた。


「お弁当あるのに学食に行くの?」

「あ、違います。これは剣道場で食べるんです」

「剣道場で?」

「はいっ! お昼を食べてから道具の手入れをしようと思って……ほら、鍵も借りてきました!」


 秋が指でつまんだ鍵の束は、確かに剣道場のものだ。


「そう……熱心だね」


 そう言って秋の頭を撫でた途端、彼女は顔にしまりがなくなってしまった。


「――あっ! と、いけない、いけない……って、あれ? 先輩達、今日はお昼一緒なんですね? ちーちゃん先輩、最近はずっと楠先輩と一緒だったのに」


 秋が疑問を抱いた瞬間、茉莉の口元は意地悪に歪む。


「それがね? ちなってば、今日は楠と一緒にいたくないんだって」

「そうなんですか!」


 秋がしっぽを踏まれた犬みたいな顔になる。


「もしかして、喧嘩しちゃったんですか! 結構仲良さそうだったのにっ」

「いや、そうじゃなくて……」


 この、後輩の前で一瞬言葉に詰まった隙を――茉莉は見逃さなかった。


「それがね? あたしもさっき歩きながら聞いたんだけど……喧嘩じゃないんだって」

「……喧嘩じゃない?」


 きょとんと首を傾げる秋へ、茉莉は悪い魔女のように耳打ちする。


「なんか、好きって言われてから恥ずかしくて顔合わせづらいみたい」

「茉莉っ」

「本当のことでしょう?」


 すると、素直な秋はキラキラと瞳を輝かせ始め、


「それって! もしかして、ってやつですか!」

「いや、それは絶対に違うから!」


 結局、今日は落ち着いて食事ができなかった。


 

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