第173話 6月13日(……これ、もらって嬉しいのかな?)/◆暑くなる、熱くなる◆

 洗面所に向かい、コップへ水を注ぎながらぼんやりと考える。


(じっくり、焦らないで……か)


 楠との関係はいびつだ。

 元々、楠から告白されるにしても7月以降だった所を、自分から前倒して私達は付き合うことになった。

 これは楠と真剣に向き合うため必要なこと……。

 だが『真剣に向き合うもの』なんて言いつつ、どこかで『楠とはいつかは別れるだろう』と思っていた節がある。

 『お試し』という言葉を使っていたのが、いい証拠だ。

 

 けれど……実際は別れるにしても、一ヶ月や二ヶ月先ということはないのかもしれない。


 歯磨き粉をブラシのヘッドにひり出し、口の中へ突っ込む。

 そして、間の抜けた自分と見つめ合いながら――、


(まだ、私達……恋人らしいことも何一つしてない)


 ――なんて考えていた。



 ……とは言えだ。

 なんてよくわからない。

 彩弓さんが誘ってくれたみたいにどこかへ出かけようとしても……今日日曜日だって楠には練習がある。


 ただ――だからと言って何もしないでいるのもよくない気がした。


「…………」


 暇つぶしで見ていた恋愛映画から視線を外す。

 スマホのメッセージアプリを起動した途端「んー……?」と間延びした声が出た。


(……なんて送ろう?)


 用もないのに自分から誰かへメッセージを送ることなんてしたことがない。

 茉莉とは取り留めのない話題で盛り上がったりもするが……私は基本的に受け身で、彼女へ相槌を返すばかりだった。

 それに……、


「……彼にはメッセージを送ることなんてなかったし」


 メッセージを送るくらいなら会いに行った方が早い。

 そんな幼馴染みとの距離感を彼氏に強要してはいけない気がした。


 ……それとも、彼と同じくらいぞんざいに扱う方が――気の置けない関係なのだろうか?



 練習の合間にメッセージを確認するような時間はない。

 だから、昼食を食べる時になってようやくスマホの通知へ気が付いた。


「楠? 顔にやついてるけど、彼女から?」


 からかってくる小塚に「うるせーよ」と返し、すぐスマホと視線を合わせる。

 彼女向坂の方から何か送って来てくれるのは初めてなんだ、にやつきもするだろ。


「…………」


 どこかそわそわと落ち着かないままメッセージ画面を開く。

 送られてきていたのは短い文章。

 なのに、


『コレ、見てる頃はお昼休憩だよね?』

『部活、午後からもがんばって』


 たったそれだけのことなのに、午前中の疲れが吹き飛ぶくらい嬉しい。

 すぐさま『ありがとう』と返信を打ち、急いで弁当を食べ始めた。

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