第172話 6月12日『日常の中に些細なタネを仕掛けて / 私、まだ焦ってた……?)

 以前は連絡もせず、いきなりインターホンを押していた。

 ……いや? 無理やり作らせた合鍵で勝手に家へあがり込んでたっけ?

 そもそも半同棲状態になっていたから合鍵もクソも、連絡も何もなかったかな?


 んー……?


 ともかく、別れたからには後輩との距離感は適切に保たないとだ。


「じゃあ今日、お昼ご飯だけ食べに行くから」

『えっ? 今日で――』


 通話中に反論の余地など与えない。

 一方的な約束を取り付けてすぐ『じゃあまた後で』も言わずに通話は切った。

 そして「よし」と気合を入れる。

 目の前に山と積んでいた洗濯物を抱きかかえ、洗濯機へと向かった。


 この後は、彼の家でご飯を食べてからちーちゃんとデートだ。





 私は友達が多い方じゃない。

 人好きする性格かと訊かれれば否だと思うし、人付き合いだって苦手だ。

 けれど――、 


「ちーちゃんってゲーセンとか行ったことある?」


 ――時折、遊んだことがまるでない人間だと思われるのは納得できなかった。


「私のことなんだと思ってるんですか……普通にありますよ」


 他人のベッドに寝転がりながら悪びれない彩弓さんへ向かって唇を尖らせる。

 しかし、彼女は気にした様子もなく「へー……」と意外そうな声をあげ「誰といつ行ったの?」と続けた。

 だが、悪戯っぽく唇を歪める彩弓さんは、もう私の答えに見当がついているようだ……言いたくない。


「…………彼と、小学生の頃に」

「…………それ、デパートのアミューズメントコーナーじゃないよね?」


 正直、違いがよくわからなかった。







「じゃあ、ちーちゃんは今撮った中から好きな写真選んで。加工は私がやるから」


 初めてプリクラの筐体きょうたいへ入った後は機械の音声と彩弓さんの言いなりになっていた。


「その……彩弓さんはこういうの慣れてるんですか?」


 私が指差した写真を、テキパキと加工していく彩弓さんにおっかなびっくり訊ねる。

 すると彼女は――、


「あのねぇ。私だってちゃんと女子高校生だったんだから、これくらいできるって」


 ――と言って機械音声のカウントダウンに焦ることなく写真のデコレーションをやり切った。



 出来上がった写真をハサミで切り分けつつ、


「私、プリクラって初めて撮りました……」


 溜息交じりに感想を告げる。

 彩弓さんはそんな私を「だろうね」と笑い――、


「楠君ともこういうこと、してあげなよ?」


 ――なんて、首を傾げながら続けた。


「忙しいなら大会が終わった後でもいいからさ。焦らずに、じっくり彼氏彼女を経験してきな?」

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