第148話 5月19日【世話焼き上手はカウンターが苦手】

 三日目の試験が終わり、茉莉はいそいそと帰り支度を始めた。

 彼女は今日も、楠に智奈美と二人きりで過ごす機会を作ってやるつもりだ。

 けれど、


「じゃあな、向坂。また明日」


 楠が早々に智奈美へ別れを告げるのを見るや、


「なっ?」


 短い悲鳴をこぼし、教室から飛び出した。

 



 中間試験が終わった直後の廊下はまだ人が多い。

 茉莉は楠の背中を見つけてすぐ、大声で詰め寄りたかったがグッと堪えた。

 彼女は早足で歩き、楠の隣に並ぶなり問いかける。

 

「……どういうつもり」


 小さな声には確かな怒気が滲んでいて、通りすがった生徒に『何事か』と二度見させる程だった。


「どういうつもりも何も家で勉強するんだよ。


 楠は、昨日茉莉が口にした言葉を真似ている。

 当然、茉莉が気付かない筈もなく、彼女の声はだんだんと荒くなっていった。


「昨日の今日でそれって、喧嘩売ってるよね」

「そうだな」


「……あたしの協力、いらないって訳?」

「おう、自分も向坂と一緒にいたいのに無理して離れて、挙句俺に八つ当たりしてくるくらいなら――そんなのいらない」


 自分だけが怒っている。

 そう思っていた茉莉にとって楠の言葉は冷や水を浴びせられるようだった。


 だが、彼女はそこで萎れたりするほど楠に対して可愛げがない。

 自分から足を止め、数歩先へ進んだ楠が振り向いた瞬間――、


「……本当にバカ」


 ――茉莉は口を開いた。


「一つ、教えてあげる。ちな、好きな人いるから。本人に自覚はないけど、年上の幼馴染みのお兄さん」


 平静を保っていた楠に動揺が生まれる。

 しかし、


「……中間終わったら毎日二人でランニングするんだってさ。ただでさえ一緒にいた時間が長いのに、コレ決定的な差になるんじゃない? だから、せめて勉強会くらい一緒にいさせてやろうって――」

「そんな理由で、お前が親友向坂を避けることない」


 楠は言い切った。


「そっ、そんな理由って」

「確かに決定的な差になるかもな。大事な友達との時間を無理やり俺が使い潰してるって向坂に知られたら」

「はあっ?」


 茉莉が理解できないとばかりに声をあげる。

 すると、楠は彼女の表情に満足したのか、してやったりと口元を緩めた。


「向坂はもうちゃんと俺にも向坂の時間をくれてる。だから、九条が無理して自分がもらった時間、くれなくてもいいんだよ」


 それは、自分が親友智奈美に依存しているのではないかと考えていた茉莉にとって、思いもしない発想だった。



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