第147話 5月18日(……できれば一緒に / 後ろ髪は惹かれない】

 中間試験の二日目。終了のチャイムが鳴るとほぼ同時に茉莉から声を掛けられた。


「どうだった?」

「今回の生物はちょっと自信ある。英語は普通かな」

「ちなの普通はあてにならないからなぁ」


 だが、茉莉は立ち話をするだけで、空いている隣の席へ座りもしない。

 肩に鞄を掛けたまま話す姿は『いつでも帰れます』といった感じだった。

 私としては、一緒に試験勉強をしたいのだけど……茉莉は、昨日も早々はやばやと帰ってしまった。

 しかも――、


「向坂、今日も一緒に試験勉強いいか?」


 ――彼女が帰るタイミングは、楠が試験勉強に誘ってくる直後だ。

 だから、私は楠へ「いいけど」と返事をしてから茉莉に向き直る。


「茉莉も一緒にする?」


 もっと強く誘っても良かったかもしれないなんて思った矢先、


「んー? あたしは今日はいいや」


 茉莉は明るい口調で「ごめんね」と続けた。


「明日の現国はちょっと怪しくてさ。家で一人で集中したい感じ。だから、また誘って」


 柔らかい笑顔で『また誘って』と言われたら……後ろ髪は引かれるが、無理強いはできない。


「そう……じゃあ、また誘うから」

「ん。じゃあ、また明日。楠、あんまりちなの邪魔しないでよ?」

「いや、しねぇよ」


 それから茉莉はひらひらと手を振るなり、


「それじゃ、勉強がんばって」


 にこりと笑って教室から出ていった。







 茉莉は一人で靴箱の前に立ち、


(ま、上出来でしょ)


 上手くできた振る舞えたと満足げに頷く。

 だが、ローファーを取り出すなり、高い位置から床へ落とす様子はどこか寂し気にも見えた。


(ちな……最近はお昼もずっと楠と一緒だしね。テストが終わればお兄さんとのランニングも再開するし、これ二人で試験勉強するくらいはさせてあげなきゃかわいそうでしょ)


 茉莉はローファーにかかとを滑らせながら、


(大丈夫……寂しくない)


 胸の内にだけ本心をこぼす。

 しかし、視界の端に楠が見えた途端、彼女は本心を奥深くへとしまい込んだ。


「いや、なんで来てんのよ」

「少し、気になって」

「……何が?」

「最初、九条は俺に気を遣ってくれてるんだと思ってた……けど、なんか避けられてないか? 俺……というか、俺が向坂と二人でいる時――」


 楠の声が茉莉の本心を掠めていく。

 だから、


「さあ、どうだろっ。確かに気を遣ってあげてたし――それにまあ、避けてたかもね。あんたのこと嫌いだし」


 これ以上、触れられないようにと……茉莉は楠へ背中を向けた。

 

「……言っとくけど、二人が付き合いだしたらもっと避けるから。あんたのこと」

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