第136話 5月7日(本気で向き合うよ……私)
終礼が終わるなり、夕陽は鞄を提げて立ち上がる。
別に普通のことだけど、自分が避けられているんだとわかった。
いや、
「夕陽、今日も部活?」
「大会近くなってきたから、じゃあね」
夕陽は、茉莉とも目を合わせない。
二人の様子を見ていると、思わず手に力がこもった。
(……なんで、もっとうまくできなかったの?)
胸の内から聞こえてくるのは冷たい声。
自責に注力する声は、どうすれば良かったかなんて教えてくれなかった。
「……ちな?」
茉莉に名前を呼ばれて顔をあげる。
「……なに?」
「今日、一緒に帰ろっか」
聞き慣れた誘い文句からは『帰り道で話そう』という、優しい意図が聞こえた。
◆
「夕陽と、何かあった? 今朝からずっと、お互いに避けてるみたいだし……というか、あたしも避けられてるみたいだし」
「……うん」
二人で俯き合って話す言葉は、夕日が照らし出す間延びした影へと落ちていく。
けれど、
「……昨日、二人で楠の話をして――私が怒らせたの」
後ろめたい告白をしてから親友へ向き直ると、目が合った。
「……そっか」
また、茉莉の視線が影に向かって落ちる。
夕日を受ける横顔は寂し気で……でも、こうなるとわかっていたみたいに平静だった。
「じゃあ、仕方ないね」
諦めの滲む一言が、夕焼けに溶けて消えていく。
私は親友の言葉で、自分に繋がっていた糸がひとつ途切れてしまったんだと思った。
「夕陽に……楠と向き合ってないって言われた」
「……」
「……どうすれば、良かったんだろ。楠が私を好きかもしれないって思った時に、もっと強く拒絶するれば良かったのかな」
好きじゃないと、もっと早くに楠へ告げていれば……。
後悔が心の底から生まれてくる。
しかし、
「それは、たぶん違うと思う」
「だって、フラれたからって相手のことを好きじゃなくなる訳じゃないってこと……夕陽はよくわかってる。だからたぶん、本当に――ちなに本気で楠と向き合ってほしかったんだよ」
「……何をすれば本気で向き合あったことになるの?」
真剣な瞳で見つめられると、
「ちなは楠のこと好き?」
「……嫌いじゃないけど」
「じゃあ、恋愛的な意味では?」
「……そこまで、考えたことな――」
あっ――と、なった。
「――……茉莉」
「……なに?」
「私、考えてみる。楠のこと好きか……好きになれるかどうか。きっと、それが本当に向き合うことになる気がするから」
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