【初夏に近付いて、二人走り出して】

第135話 5月6日(…………ちゃんと友達だったのかな)

 放課後、


「あれ? まだいたの」


 声がして振り向くと、教室の入口に夕陽が立っていた。


「委員会の資料作り頼まれて。そっちは?」

「部長会の帰り。連休のせいで今日にずれてたからさ」


 互いに口を閉じた途端、夕陽が自分の席へと歩き出す。

 きっと、そのまま荷物を持ってすぐに部活へ行くんだと思った。

 だが、


「ほら、いくつか貸して」

「え?」


 夕陽は隣の席へ座るなり手を差し出す。


「手伝うからさ」

「……ありがと」


 それからしばらく無言での作業が続いたけれど……ふとした拍子に夕陽から話し始めた。


「練習試合、頑張ってたよね、楠」

「……そうだね」

「大会、勝ってほしいね」


 つい楠の姿が浮かび、交わした約束まで思い出す。

 そして、


「夕陽はさ、いつから楠が好きなの?」


 私は、隣の子は楠が好きだということを覚えていた。


「……中一の夏から」

「……長いね」

「長いよ。今も昔も、なんでか楠のことしか考えられなかった。高校も、楠が入るからここにしたし」


 聞いた瞬間、そんなことがあるんだと驚く。

 しかし、驚きがすぐ疑問へと変わった直後、

 

「なんで、野球部のマネージャーにならなかったの? って、顔してる」


 図星を突かれてしまった。


「教えてあげようか?」

「……うん」


「楠が、一生懸命な子が好きだからだよ。ああ、今頑張ってるんだろうなぁって、自分と同じで何かに向かってる子が好きだから。だからバスケを続けたの」


 夕陽の言葉が針みたいに心へ刺さる。

 今、部活をやめた私がどうして楠に好かれるのか……まるでわからなかった。


「ねぇ、なんでこんなこと教えてあげたと思う?」


 この一言で、空気が凍り付く。

 理由は、わかっているつもりでいた。


「楠が、私のこと好きだから……」


 でも、少し違ったみたいだ。


「違う……それがわかってるのに、智奈美が楠と正面から向き合ってないからだよ」


 夕陽の声は、とても冷たい。


「何、それ……私、楠と付き合う気なんてないし、あいつに恋愛感情だってない。それに――告白もされてないのに、どうやって向き合うの?」


 酷い言い訳だった。

 本当に告白されたら、ちゃんと断れる自信もないのに。

 けれど、


「……そうかもね。だから、たぶん智奈美は悪くないよ」


 私の心を知ってか知らずか、彼女は悲しそうに言った。


「ただ、を見ている楠を、私がもう傍で見てるのがつらいだけなの」


 それから、夕陽は立ち上がると、


「……ライバルに、なれると思ったんだけどな」


 そう言い残して、教室から出ていった。

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