第134話 5月5日(覚悟、しといてくださいね……)

 差し出された珈琲コーヒーに口をつけてから、無言のままどのくらい時間が経っただろう?

 私は湯気がのぼらなくなったカップから顔をあげるなり、思い切って彼に訊ねてみた。


「……私がまた、部活をするって言ったら――どう思いますか?」

「ちなが、部活を?」


 珈琲カップを傾けたまま、彼の動きが止まる。

 でも、彼は細い息を吐くと、優しい声音で私に告げた。


「……その時、どんな顔して言ってるかで、受け取り方は変わるだろうなぁ」


 『答えになってない』

 真っ先にそんな感想が浮かんで、唇を噛む。


 私は曖昧な返事が聞きたかった訳じゃない。

 だから――、


「……じゃあ、さっきはどんな顔して訊いてました? 今、私……どんな顔してるの?」


 ――だったら『もう一度訊いてやる』と、半ば苛立ちをぶつけるように訊ねる。

 すると、彼がじっとこちらを見つめて……、


「……俺が何を言っても、不機嫌になりそうな、顔をしてるな」


 私は、つい自分の頬に指で触れた。


(バカだ私。曖昧なのは、私の方だ)


 なのに、こどもっぽく……彼に八つ当たりをした。


「…………」


 頭の中に『すみません』という言葉が浮かぶ。

 けれど、思った言葉が声にならない。

 そして、声にできない言葉が喉元へ溜まるたび、自分への苛立ちも増していく。


 だけど――、


「……聞くぞ」

「……えっ?」


 ――沈黙に沈み始めた私を、そんな言葉で彼は引っ張り上げようとした。


「思ってること、話してくれれば全部聞く。誰かに言われたこと、納得できないこと、悩んでること、怒ってること。どんな話でも、ちゃんと全部聞く。だから……話してくれたら、嬉しい」


 この人は今……私に八つ当たりをされていたって、わかっているんだろうか? 


「…………本当にどんな話でも?」

「もちろん」

「……ただの、八つ当たりでも?」

「黙って何も言ってもらえないより、ずっと安心するよ」


 彼の口元に微かな笑みが滲む。

 だからきっと、つられて私も小さく笑ってしまったんだ。


「……そう、ですか」

「ちな?」


 目をつむれば色んな人から聞かされた言葉が頭を駈けめぐる。


 そう言えば、最近はずっと……誰かの話を聞かされてばかりだった気がした。


「……いえ、さっきはすみません。今日は、聞いてもらわなくてもいいです」

「……そうか?」


 不思議そうに首を傾げる彼へ「はい」と答える。

 だって、私はこどもっぽくて苛立ちやすいから……急がずともまた、彼に八つ当たりをしにくるだろう。

 だから、


「……また今度、お願いします」

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