第130話 5月1日(……昨日、遅くまで飲んだりしてたのかな?)
練習試合は学校外の球場を借りるらしい。
てっきり校内か相手校の敷地内で行うものと思っていたが……今回は勝手が違ったようだ。
「じゃ、社会人のチームと試合すんの?」
「おう。監督のツテでな。去年はプロも出したチームとやる」
驚いた茉莉に、楠は靴紐を結びながら答える。
ぎゅっと、音が聞こえる程きつく靴紐を結ぶ姿は気合十分で物怖じなどしていない。
「……それで、勝てるの?」
夕陽の質問に、楠は胸を張って返した。
「試合の勝ち負けより、今日は何を学べるかの方が大事だと思ってる。だから、全部俺の経験にしてくるよ。一秒だって無駄にしない」
楠は貪欲な学びの姿勢が見て取れる視線を球場へと注ぐ。
だが、
「でも、負けるつもりはないから……見てて」
真剣な眼差しが私を捉え――一瞬、呼吸を忘れてしまった。
「……わかった。見てる」
返事に音はない。
楠は無言で水筒に口をつけた後、野球部の元へと戻った。
◆
それからすぐ交代での守備練習が始まる。
相手チームと野球部の声が入り乱れる中、遠目に楠を目で追っていると、
「ああいうひた向きなとこ……やっぱかっこいいなぁ」
隣に座る夕陽がぽつりとこぼした。
「試合前は迷惑になるかと思ったけど、少しでも話せて良かったよ」
「……そう、だね」
本当は私も夕陽も、楠に話しかける気はなかったのだ。
だって、これは練習試合。あくまで部活の一環だ。
なら、遊びではない。
例え、楠が私にどんな想いを向けていようと関係なく……真剣に楠の頑張りを見てやらねばと思っていた。
いたのだが……野球部と対戦相手が球場入りした途端――思ったよりもOBや保護者、そして、相手チームの家族が声を掛けに行くものだから、
『あたし達も一言、声掛けていこっか?』
という、部活動未経験者の茉莉に背中を押されてしまった。
でも、まあ……結果的に良かったと思う。
「そう言えばさ、智奈美?」
「ん?」
「今日、誘ってくれて……ありがとね」
それは、この場に夕陽を誘ったことも含めて……そう思っていた。
「ところで今日、もう一人来るって聞いてたんだけど?」
「あー……それね」
呆れつつ、私は茉莉と目を合わす。
すると、親友は溜息を吐きながら、
「まったく……黒幕面するなら、締めるとこは締めてほしいよ」
『ごめん! 寝坊した!』と書かれたメッセージ画面を見つめる。
直後、
「「「しまっていこう!」」」
野球部の張り上げた声が、この場にいない誰かへと向けられたようで、つい笑ってしまった。
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