第131話 5月2日(また、いつか……か)

「いらっしゃいませ! って、ちーちゃん先輩!」


 栗原堂へ入るなり、あきがぱたぱたと駆け寄ってくる。


「どうしたんですか、急に。あっ! ひょっとして、親戚の家に持っていくお土産です?」


 早口に並べられた言葉が、見事に私の用向ようむきを当てていたから驚いた。


「……当たり、よくわかったね」

「お店柄、今の時期大型連休はそういったお客様によくご利用いただくので」


 はにかんで笑う後輩の姿につい頬が緩む。

 それから私は可愛らしい後輩店員さんに、いつかと同じくおすすめを訊いた。


「それで、祖父に持っていくお土産なんだけど……何が良いかな?」

「んー……以前もおすすめさせていただきましたが、水羊羹みずようかんですね」

「水羊羹か」


 前に茉莉と楠を誘って来た時にも食べたものだ。

 あれなら味もわかる。きっと祖父も喜ぶだろう。


「じゃあ、それにしようかな」

「ありがとうございますっ!」


 会計を済ませ商品が包装されるまで僅かな時間が生まれた。

 その間、秋が何か言いたげにしているのだが……予想はできる。

 だから、


「……秋は、二年生になってどう? 部活の方は」


 訊ねてみた所、秋の表情が明るくなった。


「えっと、少し上達したと思います! 自主練の量も増やしました、春からは部活だけじゃなく教室にも通っていて」

「……教室?」

「はい! 土曜の朝から近くの体育館でやってるんです。経験者向けの稽古もあって、そこの先生がすごいんです!」


 ぴんと背筋が伸びた秋の言葉はどこか誇らし気だ。

 出会ったばかりの頃はもっと背中を丸めていて、はきはきと話す子でもなかった。


(きっと……すごく上達したんだ)


 その成長を傍で見れなかったことだけがやまれる。

 でも、未練はない。


 そして、


「お待たせしました……ほら、お嬢」

「あっ!」


 包装を終えた店員さんに声を掛けられ、秋の顔つきが後輩から従業員へ戻る。


「えっと……ありがとうございます」

「ん。ありがと……また、学校でね」


 受け取った紙袋を提げ、店から出た。

 一歩、二歩……後輩の視線を背中に感じつつ歩く。

 しかし――、


「ちーちゃん先輩っ」


 ――悲痛な声が届き……足を止めて振り返った。


「あの、わたし……」


 秋は言葉を選び、逡巡する。

 だが、


「わたし、がんばりますからっ、だから――」


 この子が私へ……何を言いたいのかは、手に取るようにわかった。


「――また、いつか……」


 そして、それを言葉にできなかったのは……きっと彼女の優しさだ。


「ん。またね」


 約束にはならない返事を告げ、私は一人家路へ戻った。

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