第129話 4月30日『ゆっくりと、時間をかけて……ね?』
色気のない居酒屋に呼び出した彼から、
「どういうつもりですか? 先輩」
久しぶりに『先輩』と呼ばれた時、この子を好きで良かったな……なんて思う。
「懐かしいね、先輩呼び」
「俺なりの区別ですから」
「区別? けじめじゃなくて?」
「……けじめだと悪いことみたいじゃないですか、俺達が別れたの」
彼は水を一口飲むと、滑りの良くなった口で告げた。
「大切の形が少し変わっただけ。彩ゆ――……先輩が選んだのはそういう二人、ですよね?」
ふいに外れた目線を追いかけて、つい笑みがこぼれる。
「言い直し……かっこ悪いね」
特別な後輩をからかうこんな時間は久しぶりで……でも、色褪せることなくとても今だった。
◆
「で? どういうつもりですか?」
小皿が運ばれ始めた頃、彼は再び訊ねてくる。
「元カレを飲みに誘ったこと?」
「そんな
この瞬間、散々手懐けてきた後輩の眉間に、不機嫌そうな皺が刻まれた。
「さ? なんのこと?」
「とぼけないでください。近々、友達に告白されるかもしれないなんて……俺に相談しに来ましたよ」
「んー? 変な話でもないでしょ? 君、意外と聞き上手だしさ?」
久々の後輩いじりを楽しみつつ答えははぐらかしていると、
「はぁ……」
疲労感の滲んだ溜息が聞こえた。
「……変ですよ」
「……なんで?」
「だって、今なら……そう言う相談は先輩にするでしょ。ちなは」
「……え?」
不覚にも、嬉しさが込み上げてくる。
「……このままずっとはぐらかしてやろうと思ってたのにな」
「……先輩」
まだ酔ってもいないのに気分が良くて……つい、口を滑らせてもいいかなと考えていた。
「……私ね、二人に恋人になってほしいの」
直後、彼の表情は予想していた通りだ。
白い紙に白い絵の具を塗り重ねたような……何かを隠したようなすまし顔。
「……俺は、ちなに似た人を好きになったかもしれません。でも、あの子に恋愛感情はありませんよ」
この言葉も、きっと嘘じゃない。
「だろうね。わかってる」
でも、だからこそ私は小さな種を蒔くように……静かな声で紡いだ。
「だけど、あの子は違うの。ちーちゃんは今もゆっくり、自分の気持ちを育ててる。だから……君もゆっくりでいいんだよ」
「……彩弓さん」
「ゆっくり、今までとは少し違った角度で……ちーちゃんを見てあげてね」
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