第119話 4月20日(それでも私は……二人に、)

 彩弓さんが……彼が好きになってもいいじゃない?


 それじゃまるで彼が私を――ていうか、


「二人が別れたのって、私のせいですか?」


 声が上擦る。

 でも、焦る私と違い、彩弓さんの声は穏やかだった。


「違うよ」

「だって――」

「ちーちゃんは、やっぱ優しいね。そこが私とは大違い」


 言葉を遮られ、心が宙ぶらりんになる。

 何を言うべきか迷う私へ、


「ね、教えてあげる。あの写真が大事だった理由」


 彼女は優しい声で紡いだ。

 今もあれ写真が大事と言うように。


「あれ、彼と付き合う前に撮った写真だから大事だったの。変でしょ? 普通は逆だもん。でも私は恋をするのに臆病だったから。恋人になる前の時間を切り取って、別れても私達は上手くやっていける筈って、思ってないとだめだった……どう? 歪んでるでしょ?」


 自嘲する話し方に胸が苦しくなる。


「そんな言い方ないです。だって、そういうのも……彼が大切ってことじゃないですか」

「そう? でも、これってさ。二人で未来を作ろうって、一歩踏み込む時に……きっと一番いらない感情だよ?」


 この時の笑顔が……私には恋の終止符に見えた。


「それに、彼の傍は心地いいけど。気付いちゃったからね。いいなって思ってたもの。全部、ちーちゃんの為のものだって」


「だから……何なんですかそれ」

「うん。何なんだろうね、これ」


 彩弓さんはくしゃりと笑って、また静かに語る。


「……私、ちーちゃんのこと大好き」

「……何で今、そんなこと」

「んー? 別れた責任、感じて欲しくないから?」

「だったら、別れないでくださいよ」


 まぶたが痛い程に重たくて、もう開けていられない。

 すると、


「それはだめ」


 黒い視界の中で声だけがよく聴こえた。


「だって、誰かの代わりなんて嫌だから。それにね? 私、今はちーちゃんが大切。彼なんかより、ずっと。素直じゃなくて、面倒見が良くて、構って欲しくてちょっかいかけたらいつも応えてくれる……優しいちーちゃんが」

「……彩弓さん」


「ねぇ、彼のこと好き?」

「……わかりません」


 何で、そうとしか言えないんだろう。

 でも、本当にわからない。


 そんな私の答えを、


「ん……今は、それで大丈夫」


 彼女は受け止める。


「でも、いつか答えは出るから……だから、その時の為にこうしておくの」

「なんで……そこまで」

「もう言ったでしょ?」


 この瞬間。

 もう、彩弓さんの恋心は途切れてしまったんだと、私は思い知った。


「私がね、こんなに放って置けなくなった子……あなたが初めてだよ」

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