第118話 4月19日『知ってて好きになったでしょ?』

 休み明け直後だというのに、ずいぶん遅くまで残業してしまった。


(今、何時? まだ、19日だよね?)


 ポケットへ手を突っ込むと指先にスマホが触れる。

 しかし、


「……しまった」


 引っ張り出したスマホで時刻を確認しようとした瞬間、充電が切れていたことに気付いた。


(……今日、ひどいなぁ)


 案外、別れを引きずってるのかもしれない。

 なんてことを考えた途端、


「いや、待て」


 自分自身に『待った』を掛けた。


「自分から振っておいて、傷心気取るのは……ちょっとカッコ悪いぞ」


 カラ元気かもしれないけど、口元に笑みが戻る。

 そうして、一人で家へ着いた時――ドアの前に誰かが蹲っていた。

 明るさに乏しい蛍光灯の下で、薄い影を作る誰か。


「……ちーちゃん?」


 その子が、大好きな女の子だということは、すぐにわかった。


「……彼と別れたって、本当ですか?」



「今、温かいの淹れるね。暖房も!」


 薄い春着で、深夜近くまで夜風に晒されていたら心配して当然だ。

 暖房のスイッチを入れ、設定温度は最大まで上げる。


「……彩弓さん」


 心なしか顔色の青いちーちゃんに頭から布団を被せると、キッチンへ走った。


「今、お湯沸かすから」


 電子ケトルの電源を入れ、食器棚と向き合う。

 急いで一人分のコップを引っ張り出していると――、


「……ちーちゃん?」


 ――視界の端に、黙って一点を見つめるちーちゃんが入り込んだ。

 視線を辿ると……そこには、彼と撮った写真が飾ってある。


「……写真、まだ飾ってあるんですね」

「うん。いけない?」


 ちーちゃんは何も答えない。

 ただ――、


「どうして……別れたんですか?」


 ――彼女の瞳はとても悲し気で、なんと答えればいいか迷った。

 でも、


「だって……私は、彼が好きになってもいい――ちーちゃんじゃないから、さ」


 結局、どこか私と似ている女の子へ、自分自身に聴かせるように告げていた。



 別れを切り出した時、


『だって、私を好きになったのは……ちーちゃんに似てたからでしょ?』

『私は、君が好きになってもいいちーちゃんじゃないよ』


 こう言えば、自覚してようがしていまいが、彼は別れを拒めないとわかっていた。


 だけど、私を誰かの代わりにした仕返しに、彼と別れる訳じゃない。

 今も、彼のことは好きだ。

 でも、別れる。


 だって、ちーちゃんは彼が好きでしょ? 絶対。


『私……自分と同じくらい、ちーちゃんが大切。だから、あの子にひどいことできない』


 それに、こういう女だって、知ってて好きになったでしょ?


 


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