第118話 4月19日『知ってて好きになったでしょ?』
休み明け直後だというのに、ずいぶん遅くまで残業してしまった。
(今、何時? まだ、19日だよね?)
ポケットへ手を突っ込むと指先にスマホが触れる。
しかし、
「……しまった」
引っ張り出したスマホで時刻を確認しようとした瞬間、充電が切れていたことに気付いた。
(……今日、ひどいなぁ)
案外、別れを引きずってるのかもしれない。
なんてことを考えた途端、
「いや、待て」
自分自身に『待った』を掛けた。
「自分から振っておいて、傷心気取るのは……ちょっとカッコ悪いぞ」
カラ元気かもしれないけど、口元に笑みが戻る。
そうして、一人で家へ着いた時――ドアの前に誰かが蹲っていた。
明るさに乏しい蛍光灯の下で、薄い影を作る誰か。
「……ちーちゃん?」
その子が、大好きな女の子だということは、すぐにわかった。
「……彼と別れたって、本当ですか?」
◆
「今、温かいの淹れるね。暖房も!」
薄い春着で、深夜近くまで夜風に晒されていたら心配して当然だ。
暖房のスイッチを入れ、設定温度は最大まで上げる。
「……彩弓さん」
心なしか顔色の青いちーちゃんに頭から布団を被せると、キッチンへ走った。
「今、お湯沸かすから」
電子ケトルの電源を入れ、食器棚と向き合う。
急いで一人分のコップを引っ張り出していると――、
「……ちーちゃん?」
――視界の端に、黙って一点を見つめるちーちゃんが入り込んだ。
視線を辿ると……そこには、彼と撮った写真が飾ってある。
「……写真、まだ飾ってあるんですね」
「うん。いけない?」
ちーちゃんは何も答えない。
ただ――、
「どうして……別れたんですか?」
――彼女の瞳はとても悲し気で、なんと答えればいいか迷った。
でも、
「だって……私は、彼が好きになってもいい――ちーちゃんじゃないから、さ」
結局、どこか私と似ている女の子へ、自分自身に聴かせるように告げていた。
◇
別れを切り出した時、
『だって、私を好きになったのは……ちーちゃんに似てたからでしょ?』
『私は、君が好きになってもいいちーちゃんじゃないよ』
こう言えば、自覚してようがしていまいが、彼は別れを拒めないとわかっていた。
だけど、私を誰かの代わりにした仕返しに、彼と別れる訳じゃない。
今も、彼のことは好きだ。
でも、別れる。
だって、ちーちゃんは彼が好きでしょ? 絶対。
『私……自分と同じくらい、ちーちゃんが大切。だから、あの子にひどいことできない』
それに、こういう女だって、知ってて好きになったでしょ?
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