第114話 4月15日(……別に、海でもいいですけど)

「……写真を撮るって言っても、もう桜は散ってるし」


 箸の先を咥えながら、彩弓さんが唸る。

 すると、


「写真?」


 おかずを口に運んでいた彼の手がぴたりと止まった。

 そう言えば、彼にはまだ話してなかったっけ?


「三人で写真撮ってみたいなって……私が言ったんです」

「ちなが?」


 どうやら『私が言った』という部分が引っ掛かったらしい。

 彼は『本当に?』と訊くように彩弓さんへ目線を移す。

 だが「うーん」と唸り虚空を見つめる彩弓さんは、彼の目くばせに気付かなかった。

 なのに――、


「……ああ、なるほど」


 ――彼は素っ気ない恋人の態度を見て、十分に察することがあったみたいだ。


「それで急にカメラか……」


 その後、彼は何故かちらりと私の方を見る。


「……何?」

「いや、わかってるつもりだったけど……すごく好きなんだなって」

「……は? 何を?」

「ちなを。彩弓さんが」


 ほんの短い時間、私と一緒に時間が固まった。

 私だって今更、自分が彩弓さんに好かれていないなんて思わない。

 ただ、彼から面と向かって言われると変な感じがした。

 そう、これはたぶん……『あなたはそれでいいの?』という感情だ。


「……何それ、意味がわからないです」

「真面目な話、彩弓さんが誰かのお願い聞くなんて滅多にないんだよ」

「……そう。彼氏のお願いでも、ですか?」

「ん? そう、だな……」


 穏やかな声音を残し、彼の瞳が私から離れた。


「そう言えば……俺からお願いしたことって、あんまりなかったな」

「…………」


 一瞬、『どうして?』と訊きそうになり――言葉を飲み込む。

 だって、それを訊いてしまうと、二人の間に深く入り込み過ぎる気がしたからだ。


(……一緒に写真を撮りたいなんて言っておいて、何を今更)


 自分の思考に呆れ肩をすくめていると、


「ちょっと、二人も一緒に考えて」


 彩弓さんがいじけた声を出した。


「……写真を取れたらどこでもいいんですか?」

「んー……? どこでもはないかな。あんまりうるさい所はパス。疲れるし」

「なら、遊園地とか観光地はなしか。季節外れの海とかは?」

「うーん、海か」

「嫌。この時期に海は寒すぎでしょ」


 直後、息を合わせたみたいに二人の目線が私へ向けられる。


「……な、何?」

「いや、ごめん。そりゃそうだよなって」

「そうそう。そうだよね……って思って」

「……なんですか、それ」


 胸の奥がくすぐったくなり、二人から目を逸らす。

 珈琲の入ったグラスを傾けながら、心が落ち着くまで目線は戻さなかった。

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