第113話 4月14日(……結構楽しそう、ですよ?)

 、フラッシュが焚かれたので瞬間的に目をつむった。


「……眩しいです」


 強い明かりに顔をしかめながら呟くと、


「あ、また? ごめんね?」


 彩弓さんは謝りつつ、すぐさま首を傾げる。


「んー……? コレ、どうやったら光らないようになるんだろ?」


 手に持った小さなカメラを握る彼女の口から「あれー……?」という声が漏れた。

 察するに、この手の機械は得意ではないみたいだ。


「……説明書、どこですか?」


 見兼ねて口を出した途端、彩弓さんはきょとんとした顔で「え?」と返す。


「……まさか、捨てたなんて言いませんよね?」


 彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながら訊ねると「まさかー」なんて間延びした声が返って来た。

 しかし――、


「ちょっと待ってね?」


 ――何故か、彩弓さんはゴミ箱を覗き始める。

 そして、彼女がへ手を突っ込むと……真新しい外箱が出てきた。


「…………」


 思わず、言葉を失う。

 その後、彩弓さんは外箱からするりと取扱説明書を引き抜くなり、私に差し出した。


「あったよ」


 『あったよ』じゃないです。

 ちらりとゴミ箱の中身を覗き、溜息が出る。

 心底、(生ゴミが捨てられる前で良かった)と安堵し、彼女の手から説明書を受け取った。


 とりあえず『もくじ』に目を通し、それらしいページまで捲っていく。


「……ちーちゃん、わかる?」

「少し待って……あ、これじゃないですか? 『撮影モードの選択』」

「どれ?」


 彩弓さんが顔を寄せてきて、急に部屋を狭く感じた。

 でも、まあ……それが嫌という訳じゃない。


「ほら、ここです」


 説明書の文章を指差し、読み上げていく。


 しばらくして、彩弓さんがもう一度シャッターを切った。

 すると――、


「おっ! 光らなくなった!」


 ――彼女の難しかった表情は、あっという間にほぐれる。


 けれど、彩弓さんがカメラを構え直すなり、笑顔は隠れてしまった。

 レンズがこちらを向き、人差し指が浅く沈む。 

 カメラの下から覗く口元には確かな笑みが滲んでいた。


「……楽しそうですね」

「そう見える?」

「……一枚、撮って見せてあげましょうか?」


 私が皮肉っぽく言うなり、彩弓さんはぱっと顔を出して答える。


「いいよ、自分でもわかってるから」


 その表情は、まるで新しいおもちゃを手にした子どもみたいだった。


「コレ、結構楽しいね。ま、今だけかもしれないけど」

「……この先、趣味になったりはしませんか?」

「んー? 凝ると出費が多そうだしなぁ。でも、ま――三人で写真を撮るまでは、色々勉強してみるよ」

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