第112話 4月13日(……つまらなかったら文句を言おう)
彼の淹れた珈琲も飲まず、一心不乱に文字を読む。
そろそろ家を出ないと図書館の閉館まで時間がない。
「ちな、後は車で読むか?」
今、腕時計をちらりと流し見る彼の姿が易々と想像できた。
「もう少しだけ。車の中だと酔う」
俯いたまま答え、急いでページをめくる。
途中、息をするのも忘れながら――、
「…………」
――脳内に浮かぶ小説の登場人物達を、急ぎ足で結末へと走らせた。
◆
「……間に合う?」
読み終わった本を抱き、前かがみになって運転席へ訊ねる。
バックミラー越しに見えた彼の目線は、心配するなと言いたげだ。
「大丈夫。元々余裕をもってみてたから」
「……そう?」
彼の口から『大丈夫』と聴いて、ようやく私は座席に背中を預けた。
音もなく、細い溜息がこぼれる。
「…………」
窓の外に映る街並みと見つめ合い……時折、運転席を盗み見て、
「……どうでしたか?」
「ん?」
「……借りてた本」
彼に本の感想を訊いた。
すると、ハンドルを切る彼から淡泊な声が返ってくる。
「あんまり、俺には合わなかったかな」
「何それ、つまらなかったんですか?」
「いや……中身はおもしろかったよ?」
思わず首を傾げてしまった。
直後、
「……読んでみるか?」
彼がそんな提案をしてくる。
「気に入らなかった本をわざわざ人に勧めるの?」
「いや、他の人が読んだらどう思うのかと思って」
「ネットで感想とかレビューを探せばいいじゃないですか」
「それじゃだめだな。知ってる人の感想が聞きたいんだよ」
その心境は……わからないでもない。
「……はぁ」
彼の借りた本がどんな内容だったか思い出しつつ、流れていく景色に溜息を吐いた。
「本、返したらすぐ借りられるか訊いてくださいね」
「俺が?」
「……嫌なんですか?」
「まさか。訊いとくよ」
了承した彼がどんな顔をしているのかは知らない。
私は景色に溶け込む名前も知らない人々の顔を眺めながら、
「それと……私が借りてた本、どれか一つ借りて読んで」
そんな交換条件を彼に提示した。
聞こえてくる声に、笑みが滲み出す。
「それは、どの本でもいいのか?」
「…………」
きゅっと唇を結び、借りた中でどれが一番おもしろかったか考える。
そして、
「……コレ」
信号で車が停まった隙に、一冊の本を助手席へ置いた。
「これがおすすめ?」
彼は表紙を横目で見つめ、不思議そうに呟く。
だから、
「まさか――」
彼から見えないよう口元を隠し、
「――一番気に入らなかったやつです、それ」
頬を綻ばせて答えた。
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