第109話 4月10日(きっと、去年と同じように……)

「それで? 考えたの? お礼、何してもらうか」


 首を振って返すなり、茉莉が「いつまで悩んでるの」と呆れた。


「悩んでなんかないよ。ただ、思い付かないだけ」

「はぁ……高三になってもこれだもんなぁ」


 教室に深い溜息が落ち、親友はやれやれと肩をすくめる。

 その横顔には『先が思いやられるな』と書いてあった。


「なんていうか……ちなは変わんないね。良い所も悪い所も」

「そう?」

「そうだよ……それに――」


 茉莉はぐるりと教室を見回して呟く。


「――変わらないって言えば……新しいクラスも、なんていうか代わり映えしないよね」


 どこか残念そうな茉莉が見つめる先には――楠と夕陽の姿があった。

 楠は仲の良い男子と、夕陽は明美さんとそれぞれ雑談を楽しんでいる。


「……茉莉は、二人と一緒なの嬉しくないの?」

「いや、そりゃ嬉しいよ? ちなとか夕陽とか、百歩譲って楠と一緒なのは。けどさ? 嬉しい反面、去年と似たようなごたごたに巻き込まれそうで……それがやだ」


 直後、茉莉は疲れたように机へと突っ伏した。

 だが、


「きっと、今年は大丈夫だよ」


 私が根拠のない慰めを口にした途端、


「ごたごたの一番の原因はちなだけどね」


 と、恨みがましい目線を向けられてしまう。

 それからすぐ、教室へ担任が入って来て、クラスはバタバタと慌ただしくなった。


「もう予鈴鳴ってるぞ、席着けー」


「じゃ、また後で」


 茉莉はひらひらと手を振りながら自分の席に戻っていく。

 私は彼女の背中を見て『こうして去年と変わらない毎日を送るんだろうな』と考えていた。


 しかし、



「それなら楠が良いと思いまーす!」


 きっかけはそんな一言だった。

 担任から『学級委員長を決める』と聞いて程なく、誰かが楠を推薦したのだ。


「いやいや、なんでだよ」


 楠は冗談ぽく返して、困ったように笑っている。


「楠ならリーダーシップもあるし、賛成かな?」

「わかる。なんか頼りがいあるよね」


(頼りがいがあるって……それ、イメージの話でしょ)


 体格の良い友人を見ながら、ふとそんなことを思った。


(早く断れば良いのに……部活あるし、そんなことしてる暇ないでしょ)


 私が一人でそう考える間も、楠は強く断れない。

 瞬く間に、クラスには『学級委員長は楠でいいんじゃないか』という空気が出来上がっていく。

 そして、


「楠も、それでいいか?」


 担任からの最終確認が告げられ、



「……俺は――」



 気付いた時には、



「先生、それ……私がやってもいいですか?」



 口が、勝手に動いていた。

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