第110話 4月11日(……これも、ほしいものになるのかな?)

「それで学級委員長になったの?」

「……一応」


 彩弓さんは珈琲に砂糖を入れながら笑った。


「……別に、笑い事じゃないですよ」


 恨みがましく睨んでみても、彼女は静かにカップの中身をスプーンでかき混ぜるだけだ。


「ごめんごめん。でも、ちーちゃんはなんだかんだ優しいね」

「……そういう話でもないです」


 彩弓さんは「そう?」と珈琲片手に首を傾げる。


「私はただ、クラスの押し付けるみたいな雰囲気が嫌だっただけで」

「でも、相手の子は感謝してると思うよ」


 彼女の喉がこくんと鳴り、私達は短い沈黙を挿む。

 その間に、楠から『さっきはありがとう』と言われたことを思い出した。


「…………」


 なんだか無性に喉の奥がくすぐったくなって、苦い珈琲をごくごくと流し込む。

 すると、そんな私を見て彩弓さんの口元がにやりと歪んだ。


「その子、それがきっかけでちーちゃんに惚れちゃうかもね」

「……まさか」


 からかうような口調に耐えきれず目線を逸らすと、機嫌の良い笑い声があがる。


「…………」


 もう、何も話さないと心を閉ざした。

 しかし、


「それで? お礼、何してほしいか決まった?」


 唐突に話題が変わり、つい目線を戻ってしまう。


「いえ、なんていうか……何も思いつかなくて」

「いやいや、何にもってことはないでしょ? 遠慮しなくていいんだよ?」


 遠慮するなと言われても、本当に思いつかないんだから仕方がない。

 もちろん私だって物欲がない訳じゃないけど……。

 わざわざ彩弓さんから、お礼としてもらってまで欲しいものはなかった。


「…………」


 考えている間、口が寂しくなって珈琲を飲むと、彩弓さんは何も言わない私に焦れたのか、


「この際、ちょっと高いものでもいいんだよ?」


 と、返答を促した。


(……そんなこと言われたって)


 何も思い浮かばず、視線が虚空を彷徨う。

 だが、


「……あ」

「お! 何か思いついた?」


 ふと、彩弓さん達の写真が目に入り……欲しいと言うか、やってみたいことは思い付いたのだが――、


「いえ……これは別にそう言うのじゃ」

「もうなんでもいいから言ってみて!」


 ――半ば無理矢理、私は口を開かされた。


「その……まだ、三人で写真撮ったことないなって」

「写真?」


 首を傾げた彩弓さんの口から溜息がこぼれる。


「そんなのでいいの?」

「嫌ならいいです。ただ、せっつかれても今は何も出ませんよ?」


 つんと唇を尖らせて告げた直後、


「んー……今度、カメラでも買いに行くかな」


 ぽつりと独り言みたいな声が聞こえた。

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