第108話 4月9日(……三年生か)

 特に深い感慨もなく校門を抜けた。

 葉桜を視界の端に見つつ、敷き詰められた花弁を踏み歩く。

 そして、


(……そうだった)


 一瞬、二年の靴箱に向かいかけた足を止め――爪先を軸にくるりと回った。



 靴箱の近くまで来ると、新しいクラスを張り出した掲示板に人だかりができていた。

 自分が何組か知りたくはあるけど、学友たちの中へ割って入ろうという気は起きない。

 結果、遠目に掲示板を眺めていると、


「ちなみ、おはよ」


 夕陽に声を掛けられた。


「おはよう」

「クラス、どうだった?」

「まだ見てない」


 直後、彼女は私の背中をぐいぐいと押して前へ進もうとする。


「ちょっと――」

「ん? 何よ、見に行くでしょ?」

「――行くけど、もう少し後からでも……」

「はあ? 突っ立ってるだけ時間の無駄でしょ。ほら、行くわよ」


 無理やり夕陽に舵を取られ、掲示板へと近付いていく。

 すると、


「あ! 夕陽、うちら一緒のクラスだったよ」


 夕陽が仲の良い友達から声を掛けられた。


「マジか! 最後も明美と一緒とか最高じゃん! 雪とハッチは?」

「二人はべつー。リンのいる1組に取られてた。今年の女バスは1組に固まってる感じかなー」

「マジか……」


 明美と呼ばれた――たぶん、私とも二年でクラスが一緒だった女生徒は夕陽と話し始める。

 この隙をついて、二人から離れようとしたのだが、


「待て」


 気付けば夕陽に首へと腕を回され、身動きが取れなくなっていた。


「……何?」

「明美、ちなみ何組かわかる?」

「向坂さん?」


 明美――さん、が「えっとねぇ……」と呟く間、隠れて夕陽を睨む。


「ちょっとっ」


 恨みがましく尖っていく口調。

 しかし、夕陽は気にした様子もなく、


「あんたは人見知りしすぎ。せめて、アタシの友達とくらい付き合いなよ。その方が、私も楽だし」


 彼女は、しれっと自分の交友関係に私を巻き込むつもりでいた。

 ここから、どう反論しようか頭を巡らせてみるけれど、


「あったあった! 向坂さんもうちらと一緒の2組だよー」


 考える暇などない。

 正直、彼女の苗字が思い出せない中――、


「あ、ありがとう。よろしくね……あけみさん」


 ――つい、下の名前で呼んでしまう。

 一瞬、夕陽の表情が『へぇ、やるじゃん』と私を見直したように柔らかく歪んだ。

 やめて、そんなのじゃないから……ただ、明美さんの苗字がわからなかっただけ。


 でも、


「こっちこそ、よろしくー! ちなみちゃん!」


 彼女明美さんにも私の真意は伝わらず、にこりと親し気な笑みを返されてしまうのだった。

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