第106話 4月7日『二人が欲しい』

 ――……ちーちゃんの声がする。


 重たいまぶたを開くとベッドの上だった。


「……だる」


 薄暗い部屋の明かりが眩しい……。

 いや、これは目を開けているのがつらいだけか。


 額へ手をあて再びまぶたを閉じると、内側にもやもやした暗闇が見えた。

 そして、


「……あ、れ?」


 遅れて、おでこに何かが乗っていることに気付く。

 指先で引っ掻いてみると……冷却シートが布団の上に剥がれ落ちていった。


 どうやら、誰かに看病されてしまったみたいだ。

 ……誰か? ううん、違う。


 私は、ソファで横になってスマホを触っていた。

 短い一文を彼に送った記憶がある。

 なら――これは、


「……起きましたか?」


 ……何故か、ちーちゃんの声が聞こえた。


「……ちーちゃん?」


 自分の耳が信じられず、つい目を開ける。

 まぶたが開く瞬間、抜糸に似た痛みを感じた。

 すると、僅かな明かりを頼りに本と向き合うちーちゃんが見える。


「お水、飲みますか?」


 ストローの刺さったペットボトルを差し出す彼女はいつになく優しく感じた。

 けれど、私は首を振り……別のお願いをする。


「それより、お腹空いたかな」

「……今、買い出しに行ってるので。もう少し待っててください」


 ああ、そういう役割分担か。

 今、ここに恋人がいないのは『私のためなんだ』と察し、少し安心した。

 しかし、この安堵はあまり良いものじゃないな。


(だめだ……なんだか人恋しくなってる)


 この瞬間、自分がいつも以上に彼と――彼女を求めているんだと、自覚した。


 でも……この状況、何かおかしくないだろうか?


「……なんで、ちーちゃんがいるの?」 


 ぼんやりした頭では、うまく思考がまとまらない中、


「……彩弓さんが呼んだんですよ? 『来い』って」


 そっと告げられた言葉に驚いて目を見開いてしまった。


「もしかして、間違えた?」

「……そうみたいです」

「それは、なんか……ごめんね?」


 なんだか無性に恥ずかしくなって顔を逸らす。

 どんな内容かは関係ない。

 彼氏へあてたメッセージをちーちゃんに見られたというのがすごく気まずかった。


 だが、反面嬉しくもある。


(あんな一言で来てくれる子が……二人もいるなんて思わなかった)


 私はゆっくりと目線をちーちゃんに戻した。

 彼女は本から視線をあげたままだ。


(そっか……困ったな。ちーちゃんも来てくれちゃうのか)


「彩弓さん? 大丈夫ですか?」

「ん……平気」


(やっぱり……ふたりがいいなぁ)


 そんなことを思いながら……また、私のまぶたは重たくなっていった。

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